名雪「うん、昨日から風邪みたいだから・・・。」
祐一「馬鹿は風邪ひかないって言うけど、あれは嘘だったんだな。」
名雪「祐一、香里は馬鹿じゃないよ・・・・。」
祐一「いや、『馬鹿と天才紙一重』って言うからな。香里きっと馬鹿に違いない。」
名雪「なにそれ・・・・。」
祐一「とゆーよーな事を言っても、今日はどつかれる心配はないわけだ。」
北川「おお、そうか。今日は一日平和にバカなことに興ずることができるんだ!」
祐一「そうだぞ友よ、『香里の歌』も、今日だけは歌い放題だぞ!」
北川「早速歌うかっ」
祐一「おうっ」
二人「♪かおりの『お』は【おから】の『お』♪」
名雪「そこで止めた方がいいと思うよ・・・。」
二人「なんで!」
名雪「香里、来てるから・・・・。」
二人「・・・・・。」
香里「・・・・(ぜーっ、ぜーっ)」
北川「・・・苦しそうですね、香里様。」
祐一「そんなご無理なさらなくても、家でゆっくり休んでいらっしゃればよろしいのに・・。」
香里「・・・風邪は染すと治るって言うから・・・。」
祐一「・・・は?」
名雪「香里、それは迷信だよ・・・・。」
北川「どうしたんだ、美坂の口からこんな非合理的な言葉が出るなんて・・・。」
香里「・・・・んふ。さて、誰に染そうかしらん♪」
ちょっと目がイっている。 本能的に身をひく祐一と北川。 が、ハンターの目は弱い獲物を見逃さない。
香里「うふ、北川君♪」
北川「な、なんでしょう。」
香里「うふふ・・・・。」
そういいながら香里は、人差し指を伸ばし、それを北川の唇につーっとあてがう。
北川「あ、あの・・・・。ちょっとドキドキしますね。」
香里「そう。」
指を離す香里。そしてその指は、祐一の唇に向かった。
祐一「・・・って、うわーっ、俺北川と間接キスしちまったぁ!」
北川「げーっ、俺もうお嫁にいけない・・・・。」
満足げに微笑む香里。だが、すぐに不満げな顔に変わる。
香里「・・・これじゃ、風邪染したことにならないじゃない。」
そういって、今度は名雪のそばに行く。
香里「・・・そうね、まずは大親友の名雪から、染してあげるわ。」
名雪「ちょ、ちょっと待ってよ香里、まだ心の準備が・・・。」
祐一「準備できてたらいいんかい!」
香里「さ、お口、あーんして♪」
名雪「ま、待ってよ香里、なんで顔近づけてくるの?」
香里「風邪のウイルスは空気感染なのよ。だからあなたの肺に、直接あたしの息を送り込んであげるの。もち、ウイルス付き♪」
名雪「そ、そんな、わたし初めては男の子がいい・・・。」
北川「じゃあ俺が・・・。」
香里「ガキはすっこんでろぉ!」
どげしっ
香里「さ、邪魔者はいなくなったわ。ゆっくり風邪のうつしっこしようね♪」
香里の口が、名雪の口に近づいてゆく。
一同「おおーっ(ごくっ)」
北川「ああ、うらやましい・・・。美坂もうらやましいけど、水瀬もうらやましい。ああっ、俺はどっちをうらやめばいいんだぁ!」
名雪「だ、ダメ・・・・・」
ごすっ
香里「う・・・・・・」
名雪「え・・・・?」
倒れ込む香里。その背後には、シャベルを手にした少女が立っていた。
栞「ふう、あぶなかったですぅ〜。危うくお姉ちゃんの貞操が名雪さんに奪われちゃうところでした。」
祐一「栞、それ逆だと思うぞ・・・・。」
栞「はっ、そ、そうですね。全く困ったお姉ちゃんです。病人は外うろついちゃいけないって、あれほど言っておいたのに・・・。」
祐一「それはな栞、おまえが言っても説得力0だからだと思うぞ。」
栞「う〜、ひどいです〜」
祐一「で、なんで風邪ひいてる香里が、わざわざ学校に来たんだ?」
栞「昨日は大人しくしてたんですよ。それが今朝になって急に熱が上がって・・・。」
名雪「どれくらい?」
栞「わかりません。指数だから読めませんでした。」
北川「指数?」
栞「液晶表示が、『E』って。」
祐一「いや、それはたぶん指数のEじゃないと思うが・・・。」
名雪「とにかく、それくらい高いって事だね・・・。」
北川「なるほど、それでこんなラリラリねーちゃんに・・・」
祐一「俺はロリロリねーちゃんの方が好きだぞ。」
栞「そんな事言う人嫌いです。」
名雪「で、これどうするの?」
そういいながら、香里の頭をげしげし蹴る名雪。キスされそうになったのが余程むかついているのだろう。
栞「とりあえず、わたしが持って帰ります。うんしょっ。あ。」
バランスを崩して倒れる栞。
ごち〜ん。
北川「・・なんか頭打ったみたいだぞ。・・・美坂、いや、香里の方な。」
栞「大丈夫です。4割壊れたとしても、まだIQ160ありますから。」
名雪「IQって当てにならないんだけど・・。」
結局香里を家まではこぶ羽目になった祐一と北川。名雪もそれに同伴する。
祐一「へえよっこいしょ。重かったのう、潤じいや。」
北川「ほんにおもかったのう、祐じいや。」
祐一「さて、脱がすか。」
ぼぐっ
祐一「う・・・クリティカルヒット・・日本語で言うと臨界衝突現象・・・・。」
栞「えぐっ・・・祐一さん、やっぱりわたしよりお姉ちゃんの方が・・・。」
祐一「いやそうじゃなくて、着替えさせなきゃいけないかな〜と思ってだな。」
栞「そういうのはわたしがやりますっ!」
名雪「祐一と北川君は、外でなんか買ってきてよ。」
北川「なんかって?」
名雪「風邪ひいたときに役に立ちそうなもの、だよ。お見舞いの品も兼ねて。」
名雪「ご苦労様。」
栞「中、改めます。」
祐一「別に危険物はないぞ。」
栞「あ、アイスクリーム。私に買ってくれたんですか?」
祐一「いや、香里にだ。」
名雪「風邪ひきさんにアイスは良くないよ。」
祐一「そんなことはないぞ。ほら、こうしてだな。」
祐一は、アイスのカップを香里の額に乗せる。
祐一「ほら、氷枕のかわりになる。」
名雪「氷枕ならあるよ。わざわざアイスクリーム使わなくても・・・」
祐一「何を言うか。アイスクリームの融点は水より低いんだぞ。つまり、アイスクリームの方が氷枕より冷たいんだ。ということは、冷却効率はアイスクリームの方が高い。」
栞「とにかく却下です。これは私がいただきますっ」
祐一「あーあ香里のアイス盗っちゃって・・・。後で言ってやろ。」
名雪「北川君は、何買ったの?」
北川「ふふふ・・・・じゃーん。」
栞「・・・・・・・。」
北川「その名もズバリ、『潤』だ。」
名雪「・・・・ヤな名前・・・。」
北川「一月第三週からL○WSONで売り出されている新商品なんだぞ。」
香里「廃棄。」
北川「あーっ、なんて事するんだ!一袋185円(税抜)もするのに!」
香里「ただでさえ頭いたいのに、そんなもの食べたら余計気分悪くなるわ・・・。」
北川「何を言うか、この『潤』のど飴にはトレハロースとジャスミン茶の成分が含まれていて、口に含むとそれはもう心地よい清涼感が・・・・。」
名雪「て香里、起きて大丈夫?」
香里「起きたくないけど、あんた達がうるさいから起きちゃったわよ・・・。」
祐一「あ、・・・悪い。」
名雪「ごめんね香里。じゃ、私たち出ていくから、ゆっくり休んで。」
栞「何かあったら、このボタン押して。すぐ駆けつけるから。」
祐一「ほう、さすが天才美坂姉妹。ナースコールも自分らで作ってしまうとは。」
栞「あ、安易に押したらダメですっ」
どぉ〜〜〜〜ん。
祐一「・・・・なんか向こうで煙上がってるんですけど。」
名雪「明日からしばらく休校だね・・・。」
北川「ねえ、のど飴の解説の続き、していい?」
香里「ふう・・・・・。」
やっと落ち着いた。全く騒がしい連中なんだから。
でも、今朝方はあたしもさんざんあいつらに迷惑かけたみたいだしね。・・・よく覚えてないけど。
とりあえず、名雪にだけは謝っておこう。あと、頭蹴ったお礼も・・・・
え?
何、これは・・・戦慄?
体中の感覚神経が、あたしの大脳に迫り来る危険を伝えている・・・。
何、何かが来るの?
仕方ない、とりあえず逃げておこう。体だるいけど。
コン、コン
栞「お姉ちゃん?名雪さんのお母さんが、お見舞いに来たよ・・・・。」
・・・・・・。
栞「あれ?いないのかな。トイレかな?」
秋子「困りましたね。」
栞「折角名雪さんのお母さんが、風邪によく利くジャムを持ってきてくれたのに。」
ここなら見つからない。まさか屋根裏部屋に隠し部屋があるなんて思わないでしょう。こんな時にために、家中を忍者屋敷にしておいて正解だったわ。
・・・寒いけど。
秋子「・・・栞さん、食べます?」
栞「え?でも私、風邪ひいてませんから・・・。」
秋子「予防効果もありますから。」
栞「そうですか・・・・。」
断末魔の叫び声が聞こえる。きっと栞だろう。
ごめんね栞、あたしはあなたを二度も見捨てた。悪い姉だわ・・・・・。
香里「当分は、ここに隠れておいた方が無難ね・・・。」
しゅたっ
目の前に、誰かが降り立つ。
香里「・・・誰?いくら忍者屋敷風に改造した家だからって、本物の忍者雇った覚えはないんだけど」
舞「・・・忍者じゃない。」
香里「じゃあ、ただの不法侵入者ね。」
舞「・・・佐祐理が探してる。」
香里「え?」
舞「・・・お見舞いしたいって。」
香里「あたし、佐祐理さんにお見舞いに来てもらうような関係じゃ・・・・」
舞「・・・『同じ語尾【り】同志仲良くしたい』って言ってた。」
香里「・・・・『ごびり』って、何となく語感が嫌。」
舞「・・・どうするの?」
香里「やめておくわ。悪いけどあなた達に関わると、一生が変わってしまう気がするから。」
舞「・・・そう。」
香里「て、そのまま行っちゃうの?あたしのこと連行しに来たんじゃないの?」
舞「・・・違う。」
香里「でも佐祐理さんが探してるんでしょ?」
舞「・・・佐祐理が探してるのは本当。でも、わたしも勝手に探してただけだから。」
香里「そう。」
舞「・・・ちなみに、そこ寒いと思うから。」
そういって彼女は、ぼふっと何かを落として、去っていった。
香里「・・・ウサちゃん寝袋・・・・。」
あたしはウサちゃん寝袋にくるまっていた。こんな姿を誰かに見られたらそれこそ一生の不覚ものだけど、ここにいれば誰も来ないはずだから、その心配はない・・・
あゆ「わあ、ウサちゃんだあ♪」
香里「て、なんでこの秘密の場所にぽんぽん人が来るのよっ」
あゆ「わかんないよ。ボクはただ、香里さんのこと探してただけだし。」
香里「・・・何か用?」
あゆ「お見舞いだよっ」
香里「・・・なんでこうたくさんお見舞いが来るのかしら。あたしここまで交友関係広かったかしら・・・?」
あゆ「それはきっと、香里さんの人徳のなせる技だよっ」
香里「そうかしら。」
あゆ「そうだよ。だって、対あいざわゆーいち戦最終兵器だもん。」
香里「・・??」
あゆ「祐一君って天下御免の傍若無人男だけど、その祐一君がこの世で逆らえない人物が二人だけいるんだよ。それが、秋子さんと香里さんなんだよっ」
香里「・・・佐祐理さんは?」
あゆ「佐祐理さんの場合は、根本的に逆らうという感情が発生しないそうだから、別なんだよっ」
香里「・・・そう。」
あゆ「ボク、祐一君に勝ちたいんだよっ。でも秋子さんみたいになるのはかなり難しいから・・・。でも香里さんみたいになら、頑張ればなれるんじゃないかと思って。」
香里「・・・・。」
あゆ「香里さんはボクの憧れなんだよっ。だから、こんなところで風邪ひいてちゃ駄目なんだよっ。早く治してねっ。ハイ、これおみやげ。」
そういってたい焼きを手渡す。
香里「・・・ありがとう。」
あゆ「ビタミンC入りだよっ」
香里「・・・・・・。」
あゆ「どうしたの、食べないの?」
香里「う、うん、後で食べるわ。」
北川君が。
あゆ「じゃ、早く風邪治してねっ」
香里「ふう・・・。これで一応全キャラクリアかしら。・・・あれ、誰か残ってた様な・・・。ま、いいか。」
安心しきったあたしは、そのまま寝入ってしまった。
名雪「そうなの。」
北川「変だな、インフルエンザでもないのに・・・。」
祐一「ふうむ・・・・。」
名雪「・・・祐一?」
祐一「これはきっと・・・・『キツネ憑き』だな。」
名雪「キツネ憑き?」
祐一「ま、おおかた真琴のいたずらだろうが・・・にしても早めに除去する必要はあるな。」
栞「あの〜、真琴さんあそこにいますけど。」
祐一「さあ〜、行くぞ。敵は美坂邸にあり!」
祐一「香里、すまん。」
ぼぐっ
香里「な、なにすんの!」
祐一「名雪、抑えてろ。」
名雪「う、うん。」
香里「ちょっと、どういう事?あたしがラリってた時の仕返しを、今ここでしようっていうの?!」
北川「そうじゃない、おまえに取り憑いているキツネを、追い出そうとしているのだぁ!」
香里「あたしキツネになんか憑かれてないわよ、げほ、コン、コン」
祐一「ほら見ろ今コンコンといった、それこそまさにキツネに憑かれている証拠!」
香里「ただの咳よっ!」
北川「問答無用、お覚悟!」
栞「すとぉ〜〜〜ぷ!」
祐一「お、栞。そういえばいつの間にかいなくなっていたが?」
栞「お姉ちゃんはキツネに憑かれてなんかいませんっ」
真琴「そうよっ!真琴を訳のわかんない犯人にしないでっ!」
祐一「あれ、真琴・・・・。じゃあ、香里に取り憑いているキツネは一体・・・」
香里「だからキツネなんか取り憑いてないってのに・・・・。」
祐一「・・・・・・。」
北川「・・・・・・。」
名雪「・・・・・・。」
香里「・・・・・・・。」
祐一「さらば。」
香里「またんかい。」
祐一「なんでございましょう。」
香里「病人さんざん殴っておいて、『さらば』の一言で済ませるおつもり?」
北川「しゃあねえなあ。お詫びにほら、この『潤』のど飴をやるよ。」
香里「・・・・・。」
ぽい。
北川「ああ〜〜〜っ、今度は窓から捨てたぁ!」
香里「拾ってきたら?」
北川「うわぁ〜〜〜〜ん・・・・・」
香里「・・・・あんた達も。あたし、寝るから。」
名雪「あ、う、うん。ごめんね香里・・。」
やれやれ。なんて無茶苦茶な・・・・・ でも、これでホントに全キャラクリアかしら?
美汐「・・私が残ってます。」
香里「・・・もういいわ。何もしなくていいから、帰って。」
美汐「・・・そうですか。じゃあ、お粥ここに置いておきますから。」
香里「え?」
美汐「冷めても美味しい味付けにしておきましたので。」
香里「・・・・あなたが作ったの?」
美汐「はい。」
香里「なんで?」
美汐「さあ。わたしにもよくわかりません。」
香里「・・・・ま、いいわ。ありがとう、いただくわ。」
北川「なにぃ、そしたらもう、『香里の歌』も歌い納めかぁ・・・。」
祐一「折角、宇多田ヒカルもびっくりのメガヒットになろうかとしていたのにな・・・。」
北川「そういうな友よ。いまだけでも、去りゆく時代を懐かしみながら精一杯歌おうぜ。」
美汐「あなた達は人として間違っています。」
北川「があぁぁ〜〜〜〜〜ん」
祐一「て天野。何故おまえにそんなことを言われなければならない。」
美汐「香里さんの悪口を言うからです。」
祐一「別に香里の悪口言ったところで、おまえに何か不都合あるのか?」
美汐「あります。友達ですから。」
北川「なに・・・・?」
美汐「そして元友達のあなた達に、伝言です。」
祐一「元・・・」
美汐「『あなた達のやることはとても無茶苦茶で許し難いけど、今回はこれで腹の虫を納めてあげるわ』だそうです。」
そういってカプセルを渡す天野。
北川「どういうことですか?」
美汐「・・・飲んで下さい。風邪のウイルスが入っているそうです。」
祐一「・・・・・・。」
美汐「あなた達が風邪をひいたら、香里さんがお見舞いに来てくれるそうですよ。」
祐一「・・・北川。」
北川「・・・ああ。短かったけど、いい人生だったな・・・。」
美汐「はい。それはもう豪快に。」
栞「でも、二人ともぴんぴんしてるけど?」
香里「そうね・・・。ま、思い通りにはならなかったけど、その代わりおもしろいデータが得られた訳ね。今度の学会で発表しなきゃ。」
栞「学会って・・・。」
北川「わからん。来るなら早く来てほしいものだ。俺達がこうして、鉄壁の防御壁の中で香里を待ち伏せているというのに。」
がらくたの積み重ねられた教室の中、二人は学級閉鎖になっていることも知らず、香里のお見舞いを待ち続けるのであった。
おしまい