ちょっとだけ、昔のお話。
そう、世の中が「Y2K問題」をノストラダムスの大予言と混同していた頃のお話でしょうか。

俺の家、正確には水瀬家に、パソコンがやってきた。

否、実際は、前からあったらしい。
秋子さんの部屋に。

しかし俺は、秋子さんの部屋に入るなどと言う不道徳なことはしない健全な高校生男子なので、そんなことはしらなかった。
いや、部屋に入ることは別に不道徳じゃないか。
うん、不道徳じゃない。
そんな意識も願望もない。
ない。
ない。
ない。
OK。

それはいいとして
今度来たパソコンは、秋子さんの部屋ではなく、みんなが出入りするリビングに置かれた。
俺のたっての要望だ。

何しろ、世の中は猫も杓子もITITと騒いでいる時代だ。
海の向こうアメリカには、コンピュータ技術を武器に高校生にして億万長者になる強者もいるという。

まあ、今から億万長者は無理にしても、パソコンぐらい使えた方がいい。
それにどちらかというとインテリジェンスなイメージのある俺が、パソコンも使えないなんて解ったら、恥だ。舞に鼻でバカにされてしまう。

最近俺、舞に尻に敷かれてる感じするからな。
いや別に亭主関白気取るつもり無いから、良いんだけどさ。
なんか、くやしいじゃん・・・・
 
 

ということで早速、Let'sPC!
雑誌の名前じゃないぞ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

・・・・なにするの?
 
 
 
 

いかん、いきなりパソコンやるなんて言っても、何をどうやればいいのか、解らないぞ。
待て、落ち着け。
何かをするというのは、必ず目的があるものなんだ。
目的の達成のために、手段があるのだ。
何かをするというのは、その手段を実行することだ。
大切なのは目的だ。
だから、目的のためには手段を選ばなかったりするんだ。
手段のために目的を選ばないのは、内海課長だ。

ということで、まず目的を見つけよう。
 

HOS造りたい。
 

無理だ。

とりあえず、無難にいんたあねっと、ってのをやってみよう。

・・・どうやって?

祐一「名雪、インターネットってどうやるんだ?」

名雪「祐一。インターネットは、するものじゃないよ。使うものだよ。」

祐一「屁理屈は良いから、教えてくれ。」

名雪「いやだよ。」

祐一「なんで!」

名雪「わかんないもん。」

祐一「わからないくせにあんな偉そうな口叩いたのか!」
 

名雪を当てにした俺が間違っていた。



 
 
 

ということで、俺は香里を当てにすることにした。

香里なら、当然解るだろう。
香里に解らないことなんて無いからだ。
香里に不可能なんて無いのだ。
美坂香里は、物理法則と人間の妄想の範囲内なら、全てのことが可能なのだ。
そういうことになっているのだ。

香里「変なこと勝手に決めないでよ。」

祐一「褒めたのに・・・・」

香里「それじゃあたしがまるで変態じゃないの。」

祐一「大丈夫だ、荒野草途伸は変態な女の子好きなはずだぞ。」

香里「だったら、ますます変態にはなりたくないわ。」

祐一「残念だったな、荒野草途伸。」

香里「『Kanonの主人公は草途伸に似てる』という説があることを、忘れちゃダメよ」

祐一「がーん。」

香里「で、何の相談?」

祐一「ああ、そうそう。パソコン教えてくれ。」

香里「五万。」

祐一「え?!」

香里「大丈夫。毎回じゃなくて、マスターするまでの金額だから。格安よ?」

祐一「マスター・・・じゃなくて、お金とるんすか?!」

香里「ベンチャービジネスは身近なところにチャンスが転がってるのねえ・・・」

祐一「え〜〜〜」

そんなあ・・・俺居候だから、ほんとに、ほんとに金無いのに・・・
俺だけお米じゃなくて麦ご飯でも、文句言えない立場なのに・・・

とんとん

祐一「誰だ、俺の背中をどつく奴は。」

あゆ「うぐぅ〜、どついたんじゃないよ〜」

祐一「何だ、只の通りすがりのあゆか。」

あゆ「通りすがりじゃないよっ!」

祐一「それじゃなにか?まるで俺に用があるみたいな言い方じゃないか。」

あゆ「用があるんだよ。」

祐一「『ようっ!』とか言うなよ。」

あゆ「言わないよっ!」

祐一「じゃあ、何の用だ。」

あゆ「パソコン、ボクが教えても良いよ?」
祐一「結構です。」

あゆ「うぐぅ・・・1秒で断らないで・・・・」

祐一「1秒でも1分でも同じだ。大体、お前パソコン使えるのか?」

あゆ「使えるよっ。IT時代に、パソコンは必須だもんっ。グローバル化社会で生き残れないもんっ!」

祐一「お前なあ、そんな無理して難しい言葉使わなくても。」

あゆ「無理してないよっ!」

祐一「じゃあお前、ITの意味知ってるのか?言っとくが『いっぱい、たい焼き』の略じゃないぞ。」

あゆ「知ってるよ。"Information Transmit"の略でしょ?」

祐一「え?"Internet Technology"じゃないのか?!」

香里「どっちでも良いのよ。どうせDVDみたいに、略語じゃない只の普通名詞になっちゃうんだから。」

祐一「そういうもんなのか?」

あゆ「ボクはかまわないよ。」

祐一「そうかそうか。それはよかったな。じゃあな。」

あゆ「うぐぅ、話終わってない・・・・」

祐一「なんか話があったか?」

あゆ「ボクがパソコン教えるって話だよっ!」

祐一「ああ、それ。いやあ、悪いけど、あゆじゃ・・・・」

あゆ「祐一君・・・・ボク、祐一君の役に立ちたいんだよ・・・」

祐一「あゆ・・・・・」

あゆ「それに・・・・ボクならタダだよ。」

祐一「お願いしますあゆ先生ッ!」

香里「デフレの波が、こんなところにも・・・」

祐一「悪いな、香里。」

香里「別に良いけど・・・なんか心配だから、やっぱりついていくわ。」


あゆ「おじゃまします。」

香里「右に同じ。」

祐一「まあ、みてくれ。これがうちのパソコンなんだが。」

あゆ「わあ、25インチディスプレイだぁ。すごいねえ。」

祐一「あゆ、それはTVというものだ。」

あゆ「もちろん冗談だよっ」

祐一「本気じゃなかったのか?!」

あゆ「うぐぅ、祐一君酷い・・・」

香里「じゃ、あたしはここで傍観してるから。」

祐一「香里は暴漢・・・・」

香里「あたしは女よぉ?」

祐一「ごめんなさい。」

あゆ「じゃあ、とりあえず電源を入れて。」

ポォッ

あゆ「・・・・・?」

祐一「どうしたあゆ。」

あゆ「ううん・・・。ちょっと、起動音が気になっただけだから。」

香里「・・・・・・。」

ガガガガガガガガ

祐一「なあ、いつも思うんだが・・このうるさい音、これはいいのか?」

あゆ「気にしちゃダメだよっ」

祐一「そうか、気にしちゃいけないのか。」

ビン、バチン

あゆ「・・・・起動しました。」

祐一「ミサトさん、僕はこれからどうすれば?!」

あゆ「何が、したいの?」

祐一「僕はただ、ここにいたいだけなんだ!」

香里「あんた達・・・」

祐一「おおっと、いかんいかん。遺憾の意は政治家の常套句。」

あゆ「で、何をしたいの?」

祐一「とりあえず、いんたあねっと♪」

あゆ「一口にインターネットっていわれても。インターネットの何?WWW?e-mail?NetNEWS?archie?gopher?IRC?インスタントメッセージ?プッシュサービス?ネットゲーム?他にもいっぱいいっぱいあるけど」

祐一「そんないっぺんに言われてもわからん!」

香里「とりあえず、普通はWWWじゃない?」

あゆ「そうだね。あ、ちなみにプロバイダは入ってるの?」

祐一「プロバイダ?なんだそれは。バイアグラなら知ってるが。」

あゆ「・・・いいよ。ボクが自分で確認するから。」

なにやら、よくわからない操作をするあゆ。

あゆ「・・・?/AT使ったのかな?」

なんか言ってるし。

あゆ「うん、大丈夫だね。じゃあ、とりあえずブラウザ開いて。」

祐一「ぶ、ぶらうざ?!」

香里「・・・て、ちょっと、何あたしの方見てるのよ!」

祐一「い、いや、そ、その、・・・・・・」

香里「まさか、別な単語と勘違いしてない?」

祐一「え?!いや、まさかそんな、そんなわけ、・・・なあ、あゆ?」

あゆ「・・・・・・。」

祐一「あゆ?」

あゆ「祐一君・・・。言葉を勘違いしたのは仕方ないけど・・・そこでボクじゃなくて香里さんの方を見たのが、ショックだよ・・・」

祐一「いやしかし、あゆがそんなもの着けてるとは・・・・・」

あゆ「・・・・・(わなわな)」

祐一「あ、いや、今のはちょっとしたシエラレオネジョークだ。さ、次行こう。ブラウザって何だ?」

あゆ「・・・ブラウザっていうのは、HTML文書を見るためのツールだよ。」

祐一「H・・・・」

香里「あゆちゃん、もう無視した方がいいわよ?」

あゆ「わかってるよっ。祐一君、この、"Netscape Communicator"ての開いて。」

祐一「この雑誌には、『eマークがどうのこうの』と書かれていたが、それは使わないのか?」

あゆ「それは危ないから、使っちゃ駄目なんだよっ」

祐一「そうなのか香里?」

香里「そうねえ。とりあえず間違いではない、と言っておくわ。」

祐一「そうなのか。で、開くってのは・・・・」

あゆ「マウス、これ。これで矢印を動かして、ここに合わせて、ダブルクリック。」

祐一「だ、だぶる・・・・クリ・・・」

香里「はあ、もう、男ってサイテー」

あゆ「こうやるのっ!」

カチカチッ

祐一「何だ、そういうことかよ。」

ガガガガ・・・

祐一「お、なんか出てきた。・・・まっさらだな。あ、またなんか出てきた。」

あゆ「今はまだインターネットに繋がってないから、繋げるかどうか訊いてきてるんだよ。」

祐一「いやだといったら?」

あゆ「そのときは、キャンセルを押すんだよっ」

祐一「なるほど。」

かちっ

あゆ「え、キャンセル押しちゃったの?!」

祐一「だってあゆが押せって言うから」

あゆ「押せなんて言ってないよっ!」

祐一「あ、なんか文句言ってる。」

あゆ「祐一君がキャンセルするからだよっ」

祐一「俺の所為なのか?!」

香里「(くすくすくす)」

祐一「笑うなあ!」

あゆ「じゃあね、左上の、マイコンピュータっていうの開いて。」

祐一「これ舞のじゃなくて秋子さんのなのに・・・」

香里「おもしろい冗談。」

祐一「・・・・・・・。」

あゆ「で、次は、ダイヤルアップネットワーク。」

祐一「おお、なんか難しそうな。いかにもインターネットって感じだな。」

香里「どんな感じよ。」

あゆ「で、そこに『JUSTNET』ってあるでしょ。それをダブルクリック。」

香里「ふうん、JUSTねえ。あそこ、いいのかしら。」

祐一「お、またなんか出た。」

あゆ「今度こそ、『接続』押すんだよっ。キャンセルしたらダメだよっ!」

祐一「あ、ダイヤル中って・・電話かけてるのか?」

あゆ「電話回線を通じて、このパソコンとプロバイダのサーバーを繋ぐんだよ。」

祐一「よくわからんが・・・」

香里「接続したわよ。」

あゆ「あ。うんっと、じゃあ、次は・・・」

祐一「この、『ホーム』って何だ?ほおむぺえじとか言うやつと関係あるのか?」

あゆ「うん、その通りだよ。じゃあ、まずホームページ行こうか。」

祐一「押せばいいんだな。」

接続:ホストを捜しています・・・・

祐一「あ、なんか出てきた・・・・・ナニコレ。」

あゆ「・・・これ、祐一君の趣味・・・なわけ無いよねえ。」

香里「秋子さん?!」

祐一「いや、非常に興味をそそられる内容ではあるのだが・・・・あゆ、これは、見なかったことにするべきなのか?」

あゆ「・・・祐一君がみたいなら、ボク、かまわないよ・・・・」

祐一「そうか。じゃあ、・・・・見るか。」

あゆ「あ、えっとね。この下線が引かれてる色違いの部分、これがハイパーリンク。ここを押すとね、他の文書に飛ぶんだよっ」

祐一「ふうん・・・・・・・・・ほうほう・・・・・・・」

香里「相沢君、ずいぶん熱心に見てるわね・・・・」

祐一「いや、有益な様でいて無益な様でいて、なかなかよいぞこれは。戻るのは、これで良いのか?」

あゆ「うん・・・・・」

祐一「お、この書き込み所ってのはなんだ?」

あゆ「たぶん、掲示板のことだと思う・・・・」

祐一「掲示板って、あの駅前にあるあれみたいなものか?」

あゆ「うん、似たようなものだよ。」

祐一「そうかあ・・・。あ、なんかいろいろ書いてある。」

あゆ「祐一君、練習がてら、なんか書いたら?」

祐一「なんかって?」

香里「感想とか。」

祐一「感想ねえ。読書感想文は苦手なんだが・・・まあいいか。どうやって書くんだ?」

あゆ「それは、まずそこの空白をクリックして、それから・・・・・あれ、そういえばキーボードは?」

香里「そこに立てかけてあるわよ。」

祐一「お、これのことか。なるほど、キーが一杯だ。俺達も、早くナウシカみたいな扱いされたいものだ。」

香里「なに言ってるの?」

祐一「いや、『ジブリがいっぱい』と引っかけたんだが・・・・・・・あゆ?」

あゆ「・・・・なに、これ。」

祐一「何って・・・・キーボードなんだろ?」

あゆ「こんな・・・・・こんな、テンキーに『=』がない板なんか、キーボードじゃないよっ!」

祐一「は?!」

あゆ「・・・・・・。」

無言のままでいたあゆ。
突如、俺からマウスとキーボードを奪い取る。
そして無言のまま、ものすごい勢いでなにやら操作し始めた。
なんだか俺にはわからないものが、開いたり閉じたり。
起動し直したりもしている。

そして、あゆの表情には、明らかな焦りの色が出ていた。

あゆ「これ・・・・・・・98じゃないのっ?!」

祐一「いや、Windows98だって、聞いてるが・・・」

あゆ「そうじゃないよっ!PC−98じゃないのって訊いてるんだよっ!」

俺には、何の事だかさっぱり解らない。

香里「あゆちゃん・・・・・まさか、今までずっとこれが98だと思ってたの?!」

あゆ「だって!だって、パソコンって言ったら、98に決まってるじゃない!」

香里「な、何年前の話してるのよ!」

あゆ「まさか、まさか祐一君が、AT互換機使ってるなんて・・・」

祐一「AT?『あゆ、たい焼き』?」

香里「あゆちゃん・・・・。今時新品で98なんて、それこそ98%以上ないのよ?」

あゆ「・・・そんなの・・・嘘・・・だよ・・・」

あゆ「・・・だって・・・だって・・・」

涙混じりの、あゆの悲壮な声だった・・・。

あゆ「NECが、98を見捨てるわけないよっ!」

香里「あゆちゃん・・・NECは、1997年に路線転換して、98を見捨てたのよ?」

あゆ「NECがそんな、社会党みたいなことするはず無いよっ!だって、だって、NECは98を守るために、マイクロソフトに魂まで売って・・・・」

あゆ「それで、それでその見返りとして、『Windows97』は、発売が翌年に延期されたのに・・・・」

香里「そんな話初耳だわ。」

あゆ「絶対嘘だよっ!」

あゆ「・・・そうだ・・・」

ぽつり・・・と、あゆがかすれた声で呟く。

あゆ「・・・NECのホームページ・・・」

何かを思い出したように、あゆがキーボードを叩く。

あゆ「・・・この間も・・・新製品の発表があったもん・・・」

あゆ「・・・だから・・・だから・・・」

ブラウザ上に、98インフォメーションのページが表示される。

あゆ「・・・え・・・」

あゆ「・・・どう・・・して・・・」

祐一「あゆ・・・一体何があったんだ・・・?」

あゆ「PC98−・・・・・・NX?!」

香里「そう。名前は似てるけど・・・中身は互換機そのものなのよ。」

あゆ「そ、そんな・・・・・・・」

がっくりとうなだれるあゆ。

あゆ「・・・ボク・・・ずっと98使ってきたんだよ・・・」

あゆ「・・・なのに・・・どうして・・・」

祐一「あゆ・・・」

一体、何が起こっているのかさえ、俺には分からなくて・・・。
あゆに声をかけることさえできなかった。

あゆ「・・・ボク・・・98使ったらいけないの・・・?」

あゆ「・・・使ったら・・・いけない機械なの・・・?」

それは、誰に対する問いかけなのかさえ、今の俺には分からなかった・・・。

あゆ「・・・嘘・・・」

あゆ「・・・嘘・・・だよ・・・」

あゆ「・・・嘘だよ・・・っ」

あゆ「そんなの嘘だよっ!」

祐一「おい、あゆっ!」

あゆが、糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。

香里「あゆちゃん・・・・・」

あゆ「・・・・・・」

あゆが立ち上がる。

あゆ「・・・大したことじゃないよ・・・」

その声は、聞き取れないくらい、涙が混じって・・・

あゆ「・・・昔のこと・・・思い出しただけだから・・・」

祐一「昔のこと・・・?」

あゆ「・・・ボク・・・探さないと・・・」

祐一「おいっ! あゆっ!」

パソコンの電源を入れたまま、あゆが走り出す。
俺は、慌てて電源を切った。
入れたままじゃ、名雪に怒られるだろう。
何故か香里が怒ったが。
そして・・・。
俺は、すぐにあゆの後を追いかけた。


どれくらい走ったかも分からない・・・。
やがて、繁華街に出た。

そこに建つ、一件のパソコンショップ。
見上げると、いつの間にやり出したのか、バーゲンセールの期間中だった。

あゆは、その中に駆け込んでいった。

俺も、すぐにその後を追う。

祐一「あゆっ!」

客でいっぱいの店内に向かって、少女の名前を叫ぶ。
あの時のあゆの表情・・・。
まるで、どうしようもない悪夢を目の当たりにしたような、そんな絶望的な涙だった。

祐一「あゆっ!」

もう一度、その名前を呼んでみる。
静まり返った空間に、俺の声だけが響く。
店員が、迷惑そうにこちらを睨んでいる。

祐一「・・・くそっ」

ここにあゆが来ていることは間違いない。
まるで何かにすがるような・・・。
俺が最後に見たあゆの表情は、そんな絶望に捕らわれていた。

探さないといけない・・・。
今、あゆを見失うと、もう二度とあゆの笑顔を見ることはできない・・・。
そんな気がした。
突き刺すような周りの視線を無視しながら、奥へ奥へと入っていく。
少しずつ慣れてきたとはいえ、それでも恥ずかしいことに変わりはない。

そして

祐一「あゆ?」

あゆ「・・・・・。」

多々の機種が陳列された棚の周りを、必死になってうろついている。

祐一「あゆっ!」

無言で、何かを捜している。
そんな感じがした。

そして

あゆ「・・・探し物・・・だよ」

今やっと俺の存在に気づいたかのように、あゆが顔を向ける・・・。
泣き笑いのような表情だった。
危うい均衡で保たれた表情。
ほんの少しのきっかけで、そのまま泣き崩れてしまいそうな・・・。

祐一「探し物って、ここに陳列されてるのか?」

あゆ「・・・うん」

祐一「だったら、店員に訊いて探せばいいだろ?」

あゆ「・・・ダメ、だよ」

祐一「・・・・・・」

あゆ「・・・だって」

俺の方を向いて、悲しげに笑う。

あゆ「・・・パソコンショップの店員って、何も知らないんだよ。」

悲しみを通り越したような表情で、消え入りそうな声で・・・。

祐一「・・・・・・」

祐一「・・・分かった」

あゆ「・・・祐一・・・君?」

祐一「どうしても探し出さないといけないんだろ?」

あゆ「・・・うん」

祐一「だったら、さっさと見つけるぞ」

あゆ「・・・・・・」

祐一「ここのどこかにあるのか?」

あゆ「・・・うん」

同じ場所を、何度も何度もぐるぐると廻る。
隙間に商品が隠れていやしないかと、覗き込む。
ひたすら、そんな作業が続いた。
場所も分からない・・・。
どんな物なのかさえ、俺には分からない・・・。
それでも、俺たちは足が痛くなるまで周り続けた。
しかし・・・。
何かがみつかることは、最後までなかった。

あゆ「・・・ごめんね、祐一君」

祐一「いいって、これくらい」

あゆに背中を向けて、さっきからこっちを見ている店員に愛想笑いをする。

あゆ「もう、会えないと思うんだ・・・」

俺の背中に、淡々としたあゆの言葉が投げかけられる。

あゆ「せっかく、祐一君にパソコン教えられると思ったのに・・・」

あゆ「本当に・・・ごめんね・・・」

祐一「おいっ! 何を言って・・・」

振り返った先・・・。
そこにはもう、あゆの姿はなかった・・・。

『もう、会えないと思うんだ・・・』
『ごめんね、祐一君・・・』
『せっかく、祐一君にパソコン教えられると思ったのに・・・』
『本当に・・・ごめんね・・・』
あゆの、言葉のひとつひとつが、俺の心に重くのしかかっていた・・・。
だから・・・。
今の俺には、その場所でただ、立っていることしかできなかった・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 

香里「・・・・一足遅かったみたいね。」

振り返ると、香里ががっかりしたような顔で立っていた。

香里「上のフロアで、さっきRvII26を見つけたんだけど・・・・」

祐一「RvII・・?」

香里「98なんて、もう中古でしか手に入らないから。」

祐一「それが・・・・あゆの捜し物だったのか?!」

香里「でも、どのみちディスプレイも付いていない壊れ物だったわ・・・」
 
 






















夢。
 

心の中の、思い。
 

幼き日の思いで。
 

ずっと、培ってきたもの。
 

心の結晶。
 

夢。
 

それは、信じる心。
 

とても強いもの。
 

刀でも銃器でも、壊せやしないもの。
 

だから、夢はきっと叶う。
 

信じるものは、ずっと真実であり続ける。
 

永遠に、未来永劫。
 

そう、思っていた。
 

だけど、えいえんなんてなかった。
 

無かったんだ。
 

だから、転向しなきゃいけない。
 

夢から覚めなければいけない。
 

だけど
 

そのとき待っているものは何だろう
 

押し寄せる画一化の波に
 

迫り来る個性の否定に
 

立ち向かう力は、残されているのだろうか。
 

だから
 

夢の終わりに、持っていきたい一つのかけら。
 

ほんの小さな、心のかけら。
 

それがあれば、きっと強く生きていけると思う。
 

だから
 
 

ボクの、願いは・・・






























[2000年1月]
 

北川「おい相沢、これを見ろ!」

祐一「なんだそれは」

北川「なんだ、だとぉ?!バカものぉ、俺達が、世界の人々が待ちに待ち望んだ、永遠の名作の普及版『全年齢版Kanon』じゃないか!」

祐一「おお、あの、お前がしきりに興奮しながら言っていた、・・・」

北川「そう!今まで、ただ『ちょっとえっちな絵がある』ってだけで、販売制限をかけられ、世間一般からは冷たい目で見られてきたこの作品。だが、これからは違う!俺達も、正々堂々と『Kanon布教活動』を行うことが出来るんだ!」

祐一「ああ、そうだな・・・・・」

北川「はっはっは美坂、これでお前も、Kanonの良さを少しは解ってくれるようになるかな?」

香里「興味ないわ。あたしがヒロインじゃないもの。」

祐一「・・・・????」

北川「ということで、早速今日お前の家に行ってインストールするぞ!」

祐一「何で俺の家?!」

北川「うちのパソコンは古い。最高のゲームは、やはり最新のマシンでやるのが一番じゃないか!」

祐一「ま、いいけどな・・・」

香里「・・・・・・。」

北川「どうした美坂。ははぁ、さては一緒にやりたくなったなぁ?」

香里「そうじゃないわ。ちょっとそのパッケージが気になって。」

北川「?」

香里「そこじゃなくて、裏の。右側。そう、その、動作環境ってとこ。」

北川「え?これがどうか・・・・・」
 
 
動作環境 
■対応機種/Pentium 75MHz以上(推奨 Pentium 166MHz以上)のCPUを 
搭載したNECPC9821シリーズ■必要メモリ 32MB以上 
・・・・・・・・・・・・・・

北川「・・・・・・・・・・・・・うそ。」

祐一「え?え?なにがどうしたの?」

北川「相沢・・・・これ、98でないと動かないらしい。」

祐一「なにぃ?!俺んちのパソコン、98じゃないぞ!」

北川「俺んとこもだ!が〜ん、そんなあぁ・・・・」

香里単なる記入漏れに決まってんでしょうが・・・何本気にしてるのかしら・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 

時の流れは、人には止められない。
地球の公転と自転が一定である限り、人はその流れに逆らえない。

川の流れは大地を削り
海に至って沖積平野を造る。
大岩もいつの日か、海の砂粒の一つとして、暗く深い底に沈んでいくのだ。

でも

そんな大岩があったということ。

それを心に
それを記録に
留めておくのは
きっと
間違いじゃないと思う。
 

そして今も、時は動く。
今現在世の中にあふれるもの。
それもまた、そういった歴史の一つへと姿を変えていくのだろう。

あゆ「来年は、21世紀だね・・・・。」

革命の夜明けは、未だ始まったばかり。
闘い続ける戦士達に、心の支えとなる思いでがありますように・・・・
 
 
 
 
 

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荒野草途伸です

SSのあとがきを書くのは、これが二回目ですね。

このSS、はっきり言って完全に時期はずしてますね。
もっとはやく、一月に書くべきでした。

何であのとき書かなかったんかなあ(^^;)
有頂天になりすぎてたからかな。

思えば、全年齢版が届いたあの日。
パッケージ裏の動作環境欄を見て、私は思わず「やったぁーっ!」と叫んだものです。

なにしろ当時、元研究室の先輩と言うには少し語弊があるUH氏から、
「98なんて使えない!存在しない!あり得ない!」という、
まこぴー以上の三段攻撃を受けていましたから。

もう、嬉々として全年齢版KanonをUH氏に突きつけてやりましたよ。

今でもあのパッケージ、そのままなのかな。
だったら嬉しいな。

いっそ、A I Rもああいう風だといいな。

ありえないけど。
 
 
 

ところで、私の使っているマシンは

自作機です。

「98ちゃうじゃん!」なんて言わないでください。
ほんの二ヶ月ほど前まで、98が「メインマシン」だったのです。

正確に言うと
机の上にある自作機が「ネット+グラフィック+その他(まあ、なんでもあり)」
枕元にあるV200/M改(98ね)が「体調悪い時用(主にゲーム&文章)」
であるわけで。今も。
でもって、自分が家にいる時ってのはほとんど体調悪いので、
実質的に98がメインマシンだったわけです。

ところが
六月の試験に向けて、私は受験勉強を絶対最優先させなければならなくなりました。
パソコンでやる作業の優先順位が、一気に低くなったわけです。
つまり、「寝ながらキーボード叩いてまでするほどの作業はない」ということです。
よって、98の使用頻度は一気に減りました。

悲しいことです。

もっと使ってやらなきゃ。

うん。

UH氏に自作機作ったこと隠してまで、98ユーザー名乗ってるんだから・・・
キーボードは98配列だけどね・・・・

最近自作機の調子悪いから、いっそ98をネット用にしようかな・・・
 
 
 
 

それでは、また会う日までは尾崎紀世彦〜(クレヨンしんちゃんより)
 
 
 

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