香里・名雪・祐一・そして潤は、いつものように連れ立って歩いていた。
北川「それでさあ、石橋の奴、な」
祐一「あれは名雪が寝てるからいけなかったんだよ。な、?」
香里「あら、名雪は?」
3人が立ち止まって名雪を探す。名雪は12mほど後方で、何かを見つめていた。
祐一「って、やばい、あの目は!」
と祐一が叫んだとたん、名雪は駆け出していった。
名雪「ねこー、ねこー」
名雪はぐしゃぐしゃになりながら、猫を抱きしめていた。
祐一「あーあもう、こんなになっちゃって。ほら、離れろ」
名雪「やだっ、ねこ!」
香里「名雪、あなたが猫好きなのは解るけど」
名雪「ねこー」
北川「泣いてる君もかわいいけど、オレはやっぱり笑ってる水瀬が好きだぜ。」
名雪「ねこっ」
香里「何ワケわかんないこと言ってるのよ」
名雪「ねこ」
祐一「とにかく離れてくれよ。な?」
名雪「ねーこ」
香里「・・・これは、力尽くで引き剥がすしかないわね。」
名雪「ねこぉ」
祐一「やれやれ。北川、手伝え。」
名雪「ねこ」
北川「よしわかった。オレが猫取るから、相沢が水瀬押さえててくれ。」
名雪「ねこ・・」
祐一「りょおかい」
名雪「やだ・・・ねこねこねこねこ」
香里「あ、二人とも、危ない・・!」
名雪「ねこぉー!」
どかっ!
祐一「う・・お・・・あ、あたってはいけないところに・・・・」
名雪「ねぇーこー!」
ぼぐっ!
北川「ぐ・・腹に・・・昼間食べたニカラグア風アフリカマイマイの壺焼きが・・・・」
香里「ちょ、ちょっと二人とも大丈夫?」
祐一「お、俺はいい・・ってこと無いが、それよりも名雪が・・・・」
名雪「かえってきたよーんーねこーねこーすりすりーねこねこー」
香里「あーあ、もう、こんなすりよせちゃって・・・あたしもうしらない・・・」
北川「・・・・・・。」
祐一「どうした、北川。まだ痛むのか?」
北川「なあ、相沢・・・」
祐一「あん?」
北川「オレも、猫になりたい。」
祐一「・・・そうだな。」
名雪「ねこー、ぶっちゅー、ねこねこー」
夢。
希望。
願望。
人の思いの中で最も美しく
時に醜く
そして儚く
悲しいもの。
夢。
希望。
願望。
それはきっと、叶わないもの。
叶わないから夢。
叶わないから希望。
叶わないから願望。
でもそれは、とても悲しいこと。
悲しい顔は、見たくない。
夢。
希望。
願望。
もしそれが叶えられたら
きっと楽しいことだろう。
どんなに嬉しいことだろう。
心が満たされることだろう。
そんな世界を
作ってゆきたいという気持ち
大切にしたい。
だから
ボクの、願いは・・・・
泥に詰められたかのような長い眠りから覚めるとそこは、檻の中だった。
って、なんじゃこりゃぁ〜!
北川「にゃ、にゃんにゃなにゃーっ!」
いったい何がどう、どんな脈絡があってこういう事態が起こり得るんだ?
ってオレ今、ヘンな言葉口にしてなかったか?
あゆ「あ、お目覚めだね、北川君。」
あ、あゆあゆ。
北川「にゃ、にゃゆにゃゆ」
あゆ「気分はどうかな?ボクとしては、まずまずの出来だと思うんだけど。」
気分って・・・
北川「にゃにゃう・・・」
あゆ「あれ?もしかしてまだ気づいてないかな?北川君は今、猫なんだよ。」
ネコぉ?
言われてオレは、自分の手を見てみた。
にくきゆ〜う、ぷにぷに〜
って、なんじゃこりあ!
北川「にゃんにゃにゃにゃぁ!」
あゆ「えへへ、どうかな?気に入ってくれた?」
気に入るわけねえだろ、誰がこんな姿にしろって言ったよ、コラ!
北川「にぃにゃなにゃにゃえにゃ、にゃにゃにゃにゃにぬねの、にゃ!」
あゆ「北川君だよ。自分でそう言ったじゃない、ネコになりたいって。」
んなこと言った覚えねえよ!だいたい、何であんたネコの言葉わかるんだよ!
北川「にゃにゃににゃにゃなえにゃえ!んにゃににゃにゃねにゃにゃおにゃお!」
あゆ「言葉が解るのは、北川君の脳にDAISを付けたからだよ。」
何だよDAISって!それに質問に全部答えてないぞ!
北川「にゃんにゃなyにゃににゅねにゃ!にににゃにゅにぇにゃにゅにねにゃあ!」
あゆ「DAISというのはDirectAccessInterfaceSystemの略だよ。難しくなるから説明は省くね。あと、北川君はネコになりたいって、ちゃんと言ったよ。」
え?
あゆ「昨日、広場でそう言ってたじゃない。名雪さんに腹殴られたあと。ボクしっかりばっちり聞いてたんだよ。」
ああ、そういえばそうだった。オレ、そんなこと口走っちゃったんだ・・・
でも待て、あのとき確か、相沢もネコになりたいと言っていた気がするぞ。
北川「にゃにゃ、にゃにょにょにぇにょ、にゃにゃにゃにゃねにょにゃにょににゃ。」
あゆ「うん。だからね、ホントは祐一君も、ネコにしてあげるはずだったんだけど・・・」
そこで、あゆの顔は深く沈んだ。
あゆ「祐一君には、買い手がついちゃったから・・・」
買い手?
北川「にゃに?」
あゆ「来て。キミにも現実を見せてあげるよ。」
佐祐理「祐一ちゃん、きもちいいですかあ?」
祐一「きもちいいです〜ごろごろ〜」
佐祐理「あはは〜、じゃあ、ここをいじったら、どうなのかなあ?」
祐一「はふっ・・・!そ、そこはさわっちゃダメです・・・」
佐祐理「うふふ、かわいい。」
あゆ「・・・・。」
なんじゃあれ。
北川「にゃんにゃにゃえ」
あゆ「祐一君の・・・堕ちた姿だよ。」
堕ちた姿?
あゆ「祐一君は、佐祐理さんに買われて、・・・今は佐祐理さんのペットなんだよ。」
ペットぉ?
あゆ「ペットボトルの事じゃないよ、念のため。」
んなこたあわかってる。
あゆ「ボクが、売ったんだ。祐一君を大好きなボクが。夕べ、祐一君と北川君を捕獲して研究室に戻ったら、そこに佐祐理さんがきて・・・」
北川「・・・・・。」
あゆ「でも、これでいいんだよ。祐一君幸せそうだし。これで一生食いっぱぐれることはないよ・・ぐすっ、これで、よかったんだよ・・・」
あんた、泣いてないか?
北川「にゃんにゃ、ないにぇないにゃ?」
あゆ「そ、そんなことないよっ!ボクちっとも後悔してないよっ!こうするしかなかったんだよ!息の長い研究をじっくり腰を据えてやるには、何らかのバックアップが必要なんだよ!」
北川「・・・・。」
あゆ「そうだよ、日本という国は、基礎科学研究に余りにも理解がないんだよ!目先の利益ばかり追い求める愚民が多すぎるんだよ!なんだよ!誰のおかげで金儲けできると思ってるんだよ!そもそも、基礎科学が1年やそこらで結果が出るはず無いんだよ!それこそ、人の一生をかけて結果を出すものなんだよ!工業や農業とは違うんだよ!別にさぼってるんじゃないよっ!なんだよ、人の苦労も知らないでっ!だいたい、自分の頭で理解できないもんだから、ちょっと失敗しただけですぐぼこぼこたたくんだよっ!失敗は許されないなんて、そんなビジネスの論理を持ち込んで欲しくないよっ!科学は失敗から教訓を得て飛躍するんだよ!そうだよ、つる状に伸びる植物は日除けとして有効なんだよ!だいたい、霊魂だの占いだのはすぐ受け入れるのに、なんで科学的思考法は身につけようとしないんだよっ!知ってることが恥だなんて、日本ぐらいだよっ!大槻教授は異端児だけど、ピエロじゃないんだよっ!皇族だってみんな科学者なのに、そういうところはちっとも目を向けずに、懐妊しただのしないだの、そんな事ばっかり興味もって!業績だって残してるんだから、もっとそういうところに注目すべきだよ!もう、こんなんだから、日本はいつまで経ってもアメリカに勝てないんだよ!優秀な人間もみんなアメリカに行っちゃうんだよ!結果が出てから誉めたって遅いんだよ!文化勲章なんかいらないよ!そんなカネあったら、若い研究者をもっと援助すべきだよっ!はあっ、はあっ、はあっ、はあっ、」
北川「・・・疲れた?」
あゆ「そういうことだから、北川君。ボクは何が何でもこの研究を完成させるよっ。愚かな日本社会に目にもの見せてやるんだよっ!そのためだったら、悪魔に魂だって売るよっ!」
なるほど、佐祐理さんは悪魔か。
佐祐理「ふえ?佐祐理が、何ですか?」
あゆ「まずいっ!思考波が佐祐理さんにまで伝播してるよっ。とりあえず逃げるよっ」
あたふたと逃げ出したオレ達は、研究室っぽいところに駆け込んだ。
あゆ「はあはあ、つい興奮して、よけいなことまで口走っちゃったよ・・」
学生1「お帰りなさい、教授。」
あゆ「あ、木下君?ただいま。」
学生1「教授、今度の学会のアブストラクトの草稿上がったので、見ていただきたいんですけど・・・」
あゆ「そうか。もうそんな時期だね。」
学生1「あの、どうでしょう。」
あゆ「ふうん・・・きみ、まさかこれで、出すつもりじゃないよね?」
学生1「え?あの、教授の了解が得られれば、それで出そうと・・」
あゆ「そう。じゃあボクは了解しないよっ。こんな日本語がシッチャカメッチャカで何が言いたいのかわからない予稿なんか、誰が見たがるんだよっ!」
学生1「す、すみません・・・」
あゆ「まさか本番の原稿も、こんな調子じゃないだろうね。それとも、『原稿だけはしっかり作ってある』?」
学生1「あの、その、・・・」
あゆ「全く。こんな事じゃ、またこの間みたいに、水瀬教授に追求されて4分30秒の立ち往生だよっ。」
学生1「そ、そのことなんですけど。俺、水瀬教授が怖くて・・・」
あゆ「・・・そっか。確かに水瀬教授は怖いね。でも、気にしちゃダメだよ。水瀬教授は時の権力者だけど、明日の権力を握るのは、ボク達月宮一派なんだからねっ」
学生1「はい・・」
あゆ「がんばるんだよっ。キミはこの研究室のホープなんだからねっ。」
学生1「は、はいっ」
あゆ「困ったことがあったら、相談するんだよっ。子供っぽくて話になんないかもしれないけど。」
学生1「そ、そんなことないです。月宮教授は、いつも頼りにさせてもらってますから!」
・・・ふうん。あんた、結構信頼されてるんだな。
あゆ「この研究室でだけだけどね。ま、外に出たら、ボクの実力が解る人なんていないから。」
食い逃げなんかするしな。
あゆ「あ、あれは。研究費が足りなくて、仕方なく食費回して、・・・・オカネ無かったんだよ・・・」
北川「・・・。」
あゆ「そ、そんなことより。実証実験にはいるよ。人間の変態、北川潤の生態並びに人々の反応。」
その言い方、めっちゃきに食わない・・・
北川「にゃのにゃににゃ、なyにぇにゃにゃにぃ」
あゆ「仕方ないよ。変態ってのは立派な学術用語なんだから。さ、いくよ」
学生2「あの、教授。文部科学省の大橋さんとの面会予定がはいってますけど・・?」
あゆ「うぐ?そんなのあった?」
学生2「朝、電話で。言い忘れてました、済みません。」
あゆ「そっか。ま、いいよ。どうせ使途不明金がどうのとかいちゃもん付けに来たんだろうから。すっぽかしちゃえ」
学生2「い、いいんですか?」
あゆ「いいんだよっ。小役人にぺこぺこ頭下げる時代は、もう終わったよっ。いざとなったら来年の予算は0で結構って言ってやるんだからっ。何しろこっちには、倉田財団がついたんだからね。カネも権力も、こっちが上だよっ。」
学生2「教授・・変わってしまわないでくださいね・・・」
あゆ「大丈夫だよ。ボクはそんな、目的と手段を混同するような真似はしないよ。さ、行こうか北川君。」
あ、ああ。
とはいえ、実験って何をやるんだ?痛いのやだぞ。
北川「にゃにゃにゃ、にゃにぇんにゃにゃににゃ。にぃにぇにゃにゃ−ね」
あゆ「ちっとも痛くないよ。それに、忘れてない?ボクはキミの願いを叶えるために、ネコにしたんだよ。」
そうだったか?
あゆ「もちろん主目的は学会での発表だけどね。」
北川「・・・・。」
あゆ「で。北川君の願いは何?」
そ、それはもちろん、ネコになってなゆちゃんに・・・
北川「・・・。」
い、いえるかそんなこと!
あゆ「名雪さんにだっこして頬ずりして欲しいんだよね?いいよ、すぐ叶うよ。」
北川「・・・・。」
このDAISとかいうのって、やだな・・・
あゆ「あ、ほら、名雪さん来たよっ。そこら辺に寝転がって。」
あ、わ、わかった。
あゆ「ゴミ捨て場はまずいよっ!塀の上とか。いきなり頭に乗ってもいいし。」
わかったそうしよう。
すたん。
名雪「うに?なにかな・・・」
さわさわさわ
う、いきなりだけど、くすぐったい・・・
名雪「わ、この感触はもしかして・・・」
両手で抱きかかえられ、なゆちゃんの目線の位置に持って行かれる。
名雪「ねこ・・・ねこさんだ・・・ねこさんが自分から、私の頭の上に来てくれた・・・」
もう両目ウルウル。嬉しい所為か、アレルギーの所為かわからない。
名雪「ねこー、ねこー、」
早速抱き寄せモードだ。その次は、スリスリモード・・・
ああ、神様ありがとう。こんな、ただの脇役のオレに、こんな幸せをくれて・・・
名雪「ねこ・・・・」
さあなゆちゃん。思いっきりすりすりしておくれ。
名雪「・・・・・・。」
ん?どうしたのかななゆちゃん。
名雪「・・・これ・・・・・」
・・・・・。
名雪「ねこじゃぬわあぁぁぁいっ!」
ずどこーん!
ひゅーん
きらーん
あゆ「わ、名雪さん何てことするんだよっ!」
名雪「あ、あゆちゃん。ねえ、今の何?!」
あゆ「何って今のはき・・じゃなくて、ごく普通のねこさんだよ。」
名雪「違う!絶対違った!ねこさんっぽかったけどねこさんじゃなかった!何となくエッチな意図が感じられた!危うく騙される所だった!」
あゆ「へ、へえ、そうなんだ・・」
名雪「ねえ。今のってもしかして、あゆちゃんの・・・?」
あゆ「う、うん、そうだよ、そうだけど、ごくふつうのねこさんだよ、きっと名雪さん疲れてるんだよ、ねこさんぶっ飛ばしちゃダメだよ、あ、そうそう、ボクきた・・じゃなくてねこさん回収してこなきゃ。じゃあね、またね、はなめがね。」
すたたたたた
名雪「うー、なんだかごまかされた感じだよー。気分悪いよー。祐一か北川君でうっぷん晴らしたいよー。」
放物線〜描いて〜オレは〜どこまで飛ぶ〜
北川「にゃにゃんにゃにゃんにゃにゃぁん」
オレの頭の中では、既に人生の走馬燈が上映され始めていた。
あゆ「北川君!130m先で受け取るからね!着地の体勢とって!」
ちゃ、着地の体勢?
あ、そうか。猫にはなんか、高いところから落ちたときの対策があらかじめ備わってるんだった。
よし着地体勢!目指すはあゆあゆの腕の中!・・・って、あれ、あそこにいるのはあゆでなく・・・
香里「ん?なに?」
ひゅーん
香里「げ、なになに?なんかこっちくるっ!」
あゆ「そこにいる香里さん、ボク間に合いそうにないから受け止めてっ!」
香里「・・・。」
香里は飛んでくるオレをさっと交わし、そして上から首根っこをつまみ上げた。
時速約50Kmくらいだったから、香里にとっては軽い物だろう。
香里「あら、ねこじゃない。何でねこが空から飛んでくるの?スーパーキャット?」
あゆ「え?う、ううん、ちょっとね・・」
香里「ふうん・・・」
香里は、なにやら品定めするような目で、あゆとオレとを交互に見ている。
香里「あなた、最近猫の研究してるってうわさだけど・・・もしかして、これ?」
あゆ「え、う、ううん、その、ちょっとちがうかな、にはは」
香里「そうなのね・・」
香里はオレの首をつかんだまま、ひょういとお持ちあげた。
香里「このネコ、水瀬教授へのおみやげにしちゃおうかな〜?」
あゆ「え?そ、そんな・・・こまるよ・・・」
香里「どうして困るのかしらあ?」
あゆ「とにかく困るんだよ・・ね、香里さん、ボク達友達だよね?」
香里「水瀬教授の元を去った裏切り者に、友達呼ばわりされたくはないわ。」
あゆ「うぐぅ・・だって、ボク、あのジャム耐えられ無かったんだよ・・・」
香里「あたしだって嫌だったわ。でも、耐えて耐えて堪え忍んだおかげで、水瀬教授の後継者の地位を手に入れたのよ。」
あゆ「え、そうなんだ」
香里「永遠の『後継者』だけどね・・・」
あゆ「だよね。水瀬教授は不死身だし・・って、そんなことよりねこ返して!」
香里「このネコ何に使ってるのか教えてくれたら、かえしてもいいけどな〜」
指先でオレのことをくるくると回しながら香里は言った。目が回る。
あゆ「そ、それはいえないよっ・・」
香里「そう。じゃあこれ、水瀬教授へのおみやげにしちゃお〜と」
あゆ「だ、ダメだよ・・・」
心底困った表情になるあゆ。しかし突如、それが勝ち誇った表情に変わる。
あゆ「・・・わかったよ。でもその前にそのネコの正体、きいておいた方がいいんじゃない?」
香里「な、なんなのよ。」
あゆ「それ、北川君だよ。」
香里「は?」
あゆ「あーあ香里さん、北川君と仲良くしてるよ。みんなに言いふらしてやろーっと。」
ぽーん!
速攻でオレは放り出された。いくら何でもそれはひどい。
香里「な、な、な、な、なに言い出すのよ!なにを根拠にそんな!」
あゆ「信じないならいいよ。でも、このネコは北川君だから。」
捨てられたオレを拾いながら、あゆは言う。
香里「どういうことなのよ」
あゆ「ボクの口からは、これ以上は言えないよ。学術上の機密だよっ」
香里「まさか、・・名前が『北川君』なんてオチじゃないでしょうね。」
あゆ「違うよっ。それに、無関係のネコにそんな恥ずかしい名前つけたら、ネコがかわいそうだよっ」
それもひどい。
あゆ「それじゃボク、急ぐから。また今度の学会でねっ」
香里「え、ええ・・・」
あゆ「ふう、なんとかうまくごまかしたよっ。香里さんがマヌケで良かった。」
理由は違う気がするけど、悲しくなるから言わない・・・
あゆ「なに?どうして悲しくなるの?」
このDAISって、もうはずして欲しい・・・
あゆ「DAISはずしたら、もう人間と会話できないよ?」
なに、どういう意味だ。人間に戻れば会話は可能じゃないか。
あゆ「戻れないよ。ボクの研究は、まだそこまで進んでないもん。」
ちょ、ちょっと待て!じゃあオレ、一生ネコの姿のままか?!
あゆ「いいじゃない、ネコの姿なら一生名雪さんにかわいがってもらえるんだから・・・・ってオチ付けるつもりだったんだけど、さっきぶっとばされちゃったね・・・」
・・・・。
あゆ「どうしようか」
名雪「あ、あゆちゃん。こんなところにいたんだ。」
あゆ「あ、名雪さん。二度も登場なんて、結構ちゃっかりしてるね。」
名雪「?」
あゆ「な、なんでもないよっ」
名雪「そう?それより、いまそこにいるの・・・さっきのエッチなニセネコだよね?」
あゆ「ニセネコじゃないよっ、本物の猫なんだよっ!」
名雪「あゆちゃん・・・ ねえ、ほんとのこと言って。それ、・・・ねこじゃないよね?」
あゆ「・・・・。」
・・・・・。
名雪「あゆちゃん・・・」
あゆ「わ、わかったよっ。ホントのこと言うよ。その代わり、秋子さんには内緒にしてね。」
名雪「どうしてお母さんに内緒にするのか解らないけど、うん、でもわかったよ。」
あゆ「これ・・北川君なんだ。」
名雪「くー」
あゆ「寝ないでよっ!」
名雪「冗談だよ、あゆちゃんがおもしろい冗談言うから。」
あゆ「冗談じゃないよ、ほんとに北川君なんだよ。その証拠にほら、ここの頭の毛、立ってるでしょ?」
名雪「うん・・・そんな気もする・・・」
あゆ「ボクが北川君を改造して、猫にしたんだよ。信じてくれないかもしれないけど」
名雪「ううん・・信じるよ・・」
あゆ「ごめんね、ウソついて」
名雪「そうか、それ、北川君なんだね。早く言ってくれれば良かったのに。北川君だって解ってたら、ぶっ飛ばしたりしなかったんだよ。」
・・・なゆちゃん・・
名雪「だって北川君なら、じっくりじんわり、時間をかけてたっぷりいじめるからね。」
え・・・・
あゆ「な、名雪さん・・・」
名雪「ねえ、あゆちゃん。そのねこになった北川君、わたしにくれない?」
あゆ「え?!だ、ダメだよっ、それだけは・・」
名雪「・・実はね、夕べから祐一が帰ってきてないんだよ。だからわたし、寂しくて、不安で。唐突だけどあゆちゃん、祐一どこに行ったか知らない?」
あゆ「え゛?! さ、さあ〜、どこいったのかなあ〜、ボクも気にはなってるんだけど〜」
名雪「誘拐されて、おもちゃにされて、その上改造なんかされてないよね・・・?」
あゆ「ええ゛っと・・あ、そうだ名雪さん、この北川君、やっぱりあげるよっ」
名雪「え、いいの?どうして突然」
あゆ「そ、それは・・そう、北川君がそうして欲しいって言ってるんだよっ」
ちょっと待て、オレ、そんなこと一言も!
あゆ「もともと北川君ね、名雪さんにかわいがって欲しくて、ねこになったんだよっ」
名雪「そうなんだ〜」
い、いやまて、かわいがって欲しかったのは、確かに事実だけど
名雪「じゃあ、ご希望どうり、たぁっぷりかわいがってあげるよ」
え、い、いや、今のなゆちゃん怖い・・・
名雪「大丈夫だよ、死にはしないから。死にたくなっても、絶対死なせないからね。」
そ、それどういう意味?生かさず殺さずってこと?
な、おい、あゆ、いやあゆ様、お願い、助けて、助けて?
あゆ「・・・北川君。キミっていいやつだね。ボクキミのこと忘れないよ。」
忘れていいから助けて!
あゆ「キミの貴い犠牲はムダにはしないよ。今度の学会、絶対成果を上げてみせるからねっ」
いやああぁぁぁ〜〜〜!!!!!
あゆ「ふう。あれからもう、2ヶ月経ったんだね。もう学会が近いよ。と言うか明日だよ。」
学生1「教授・・・」
あゆ「あれ、木下君。どうしたのかな、明日の発表、急に不安になった?」
学生1「はい。」
あゆ「単刀直入だね・・」
学生1「あの、・・自分やっぱり、発表やめます。」
あゆ「な、なに言ってるんだよっ!」
学生1「ごめんなさい、俺、やっぱり水瀬教授怖くて・・ちゃんと発表しきる自信ないです・・」
あゆ「・・・わかったよ。明日の発表はボクがやるよっ。全く、近頃の学生はだらしないねっ」
あゆ「・・・このように、大脳の一角にマッピングした遺伝子情報を、行動時の遺伝子参照過程に割り込みをかけて既存の遺伝情報と置き換え・・・」
秋子「・・・・。」
学生2「水瀬教授、来てるな。」
学生1「ああ。・・俺、やっぱり降りて良かった・・」
あゆ「以上で、発表を終わります。」
司会「では、5分間の質疑応答に入りたいと」
秋子「よろしいかしら?」
学生1「(来た!)」
秋子「遺伝情報を書き換えて人間の細胞を猫の物に置き換えたという事ですけど・・・そんなことしたら拒絶反応で細胞同士食い合っちゃうんじゃないですか?」
あゆ「それは、そうならないように制御プログラムを割り込み過程に入れてるんです。」
秋子「そう、それ。その割り込み過程なんですけど。そんなことが可能なのかしら?遺伝情報って、みんな脳を経由するわけじゃないですよ?」
あゆ「そ、それは・・・で、でも」
秋子「成功例がちゃんとある、ですか?でも、その実例さんは、今どこにいるのかしら?」
あゆ「う、うぐ」
秋子「再現可能かどうかはともかくこういう事例があると言う発表なら、せめてその事例そのものを見たかったわ。」
あゆ「うぐぅ」
秋子「もし仮に、本当にそれが成功していたとして。それって許されることなのかしら?」
あゆ「うぐ?」
秋子「だって、元は人間なんですよね。それを改造しちゃった・・・って事ですよね、要は。倫理的な問題があるんじゃないですか?」
あゆ「うぐ・・」
秋子「少なくとも、倫理委員会にはなにも諮られていませんけど」
あゆ「うぐぅ・・・」
秋子「答えてくださいません?」
あゆ「うぐぅ」
秋子「うぐうぐ言ってたんじゃ解りませんよ。ちゃんと日本語で答えてくださいません?」
あゆ「うぐぅ〜」
秋子「あゆちゃん。」(にっこり)
あゆ「うぐぅ〜〜〜〜〜!」
あとがき
一年も寝かせると、却って訳わからんくなる・・・