名雪「ねえ祐一。ほんとに出ていっちゃうの?」

祐一「ああ。」

名雪「べつべつだと、家賃は二倍なんだよ?」

祐一「わかってる。」

名雪「洗濯も、全部一人でしないといけなくなるんだよ?」

祐一「わかってるってば。」

名雪「それに、ご飯も・・・祐一、まだ一人で作れないのに。」

祐一「あーもう、うるせえな。そのことはもうさんざん話し合っただろうが。」

名雪「う、うん・・」

祐一「話し合って、お互い納得して、決めたことだろ。」

名雪「わたし、納得してない・・・」

祐一「なんだよ、まだ納得してないのか?いいか、俺は今、香里とつきあってるんだぞ。彼女持ちなんだぞ。それがお前、いとこの幼なじみと二人ぐらしだなんて。世間的、常識的に許されない。いやそれ以前に、香里がどう思ってるか。」

名雪「・・・・。」

祐一「香里は名雪と親友同士だから、何も言わないだろうけどな。」

名雪「・・・わかったよ。もういいよ、祐一のバカ」

祐一「お前、この間もそう納得したみたいなこと言ったくせに。また今日みたいに・・・いや、いいか。どうせ明日はもうここにはいないんだからな。」

 





 
祐一が、出ていっちゃった。
二人分と思って借りた部屋。ちょっと広めの六畳二間。
 
名雪「今夜から、一人だよ・・・」

 
大学に入って二年目の春。わたしの、一人暮らしが始まった。
 
 
 
After the Campus Kanon

なゆちゃんのひとりぐらし



 
 
 
 
 
「朝〜、朝だよ〜」
名雪「うーん・・・」

「祐一いないから、一人で起きるんだよ〜」
名雪「うー・・・・」

気が重い・・・起きたくないよ・・・

「朝〜、朝だよ〜」
名雪「・・・・。」

「祐一いないから、一人で起きるんだよ〜」

名雪「そーだよ・・・今日からもう祐一いないんだよ・・・だから・・・早起きする理由無いよ・・・・遅くまで寝てたって・・・・・いいんだよ・・・・・・」

「朝だよ〜」
 
 
 
 








 
 
 
名雪「ちーこーくー!」

どたどたどた

名雪「遅刻〜遅刻だよ〜、今から走っても5分の遅刻だよ〜、出席重視だから遅れたら単位無いよ〜、どうして朝ってあんなわけわかんない考え方しちゃうんだよぉ〜、う〜、わたしのバカぁ〜!」

がしゃがしゃがしゃーん

名雪「うわー食器落としちゃったよー、でも急いでるから片づけるの後にするよー、ごめんねー、ごめんねー」

 
 
 
 
 
 
「松本一郎」
「はい」
「溝田千代子」
「はーい」
「三田村源蔵」
「へい」
「水瀬名雪」
北川「はい。」

「・・・って待て。今男の声で返事した気がするが?」

北川「御明察。さすがは中井教授。」

「君は・・・北川潤じゃなかったかね?たしか。何でまた返事してるんだ。」
 
北川「いわゆる代返という奴ですよ。」

「・・・・。」
 
北川「・・・・。」

「水瀬名雪の代わりに、君が返事をしたと。」
 
北川「左様で。」

「で。水瀬名雪はどこにいるんだ?」
 
北川「さあて、あっしにはなんのことやら。まさに神のみぞ知ると言ったところでしょうか。」

「つまりここにはいないんだな。」
 
北川「ここというのはこの銀河系のことですか?いやさすがに、それは無いでしょう。いくら彼女が異世界の住人っぽいからって」

「・・・この教室のことだ。」
 
北川「はてさて、それはわかりませんよ。いないフリをして実はあなたのすぐ後ろに、とか。」

「いないじゃないか。欠席か」
 
北川「待ってください先生。水瀬は実は、王女様なんです!」

「はあ?」
 
北川「いるはずもない王子様を捜して、永遠の世界へ武者修行の旅に出てしまったんです。ああかわいそうな水瀬、今頃は1円玉の大道芸を見て大笑いしたが為に1円に泣いて苦労しているのではあるまいか、ああ許されるならば今すぐにでもこのオレが翼を手に入れてでも飛んでいって」

「要するに、水瀬は欠席なんだな。」
 
どどたどたたどた
名雪「います!いますいます!水瀬名雪、出席です!」

「・・・遅刻か。」
 
名雪「・・・う・・・遅刻・・・。3回でアウトですよね・・・?」

「だな。3回目か?」
 
名雪「うー・・・。」
 
「・・・ま、今回だけは大目に見てやる。席に着け。」
 
名雪「やった!」

「北川に感謝するんだな。」
 
名雪「・・・え?」

北川「・・・・・・。」

 
 
 
 
 
 
名雪「ねえ、北川君。」

北川「なんだ、水瀬。愛の告白か?」

名雪「・・・ぶつよ」

北川「君になら、ぶたれても痛くはないさ。」

名雪「本気でぶつよ。でもって北川君のこと嫌いになる。」

北川「それはさすがに嫌だな。で、何の用?」

名雪「うん。今朝は・・・ありがとう。」

北川「ん〜?」

名雪「その・・・代返、してくれて。」

北川「ああ、あれ。いいっていいって。」

名雪「う〜ん、あんまりよくないよ。」

北川「え?」

名雪「わたし、お姫様じゃないよ〜。当分旅に出るつもりもないし。」

北川「あ、それのことね。誰に聞いたの?」

名雪「諸富君。」

北川「ちっ、あいつか。確かに油断のなら無い奴だとは思っていたが・・・」

名雪「・・・・。」

北川「あ、ごめん。あれさ、オレの即興の作り話。だから気にしないで。」

名雪「うん、わかってる。でも、・・・もうちょっとまともな代返してほしかったな。」

北川「ああ、今度からそうする。・・・ま、今度はほんとはあっちゃいけないけどな、遅刻二回の水瀬さん。」

名雪「うん、努力するよっ」

 
今日は、危うく遅刻しそうになっちゃった。でも、北川君が助けてくれたよ。北川君ってほんとにいい人。特にわたしにはいろいろ親切にしてくれる。どうしてかな。って、理由知ってるんだけどね。
・・・わたし、ちょっとずるい子だね。でも今はまだ・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「休み〜お休みだよ〜、今日は休日だから早く起きなくてもいいよ〜」
 
名雪「・・・起きちゃったよ。」
 
 休みの日。目覚ましで起きる朝。今日も普通の休日が始まる。
 
名雪「・・・普通の休日って、なんだろ。」
 
 いつもだったら、どっかでかけたり、祐一とバカやったりしてたら1日つぶれちゃうけど。
 
名雪「今日、天気悪いし・・・祐一はいないし・・・」
 
何をしよう。
 
名雪「う〜ん。こういう時はよく、家でごろごろする、ってみんな言うよね。」
 
・・・・・・。
 
名雪「ごろごろ。」
 
やってみようかな。
 
 
 
 
 
ごろごろごろごろー
 
名雪「わー、これ結構楽しいかもー」
 
 わたしは、部屋中をごろごろ転げ回っていた。祐一がいなくなった分、部屋には余裕がある。
 
ごろごろごろごろー
 
名雪「みんながやるわけだよー」
 
ごろごろごろごろー
 
名雪「加速〜〜〜」
 
ごろごろごろごろー
どしーん!
 
名雪「うー・・・棚にぶつかっちゃったよ・・・・」
 
がた・・・
 
名雪「え・・? あ、なんか時計が揺れてる・・・」
 
がたがたがたがたがたがたがたがた
 
名雪「わ、わーっ、なんかいっぱい落ちてくる! いやー!痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
 










 
北川「おはよう水瀬。昨日はいい休日だった?」

名雪「あんまり。」
 
北川「そうか。」

名雪「部屋でごろごろしてたら、棚の上のものが落ちて来ちゃって・・・」
 
北川「当たったのか?」

名雪「うん、全部ぶつかった。痛かったよー」
 
北川「それは災難だったな。物置きすぎてたのか?」

名雪「そんなことは無いけど・・・でも、ぶつかったら落ちないようにはするよ。」
 
北川「なんだ、棚にぶつかったのか?」

名雪「うん。ごろごろしてたら。」
 
北川「・・・?」

名雪「ごろごろしてたらぶつかったの。」
 
北川「ちょっと待て。その・・・水瀬の言うごろごろって、まさか・・・」

名雪「うん?ごろごろ転がってたんだよ。」
 
北川「・・・・・・?」

名雪「でね。ごろごろしてたらぶつかっちゃって。時計ががたがた揺れてるのが見えたと思ったら、時計じゃなくて他のもいっぱい落ちてきて。」
 
北川「・・・落ちてくるの、わかったの?」

名雪「うん。」
 
北川「・・・・・。」

名雪「どうしたの?」
 
北川「いや・・・ごめん、オレ、ちょっと」

名雪「え、どこ行くの?」
 
 
 
 
 
北川「・・・なんでついてくんの?」

名雪「どこ行くか、気になったから。」
 
北川「と、トイレだよ、何を言ってるのかなあ」

名雪「・・・。」
 
北川「トイレに行くのに女の子についてこられちゃ恥ずかしいだろお、戻ってくれないかなあ」

名雪「北川君。」
 
北川「な、なに?」

名雪「トイレ過ぎた。」
 
北川「あ、い、いや、ちょっとした間違いさ、ははは。じゃあ、ちゃんと戻ってくれよ。」

名雪「北川君。」
 
北川「な、なにかな。まだ何か?」

名雪「トイレの中で一人で笑ってたら、変に思われるよ。」
 
北川「あ、ああ、そうだな。誰もいないか確認してから入るよ。」

名雪「・・・・。」
 
北川「・・・・。」

名雪「やっぱり笑うつもりなんだ・・・・」
 
北川「い、いや、その・・・」

名雪「ひどいよ。そこまでして笑うこと?」
 
北川「いや、だってだな・・・ご、ごめん、もう限界・・・・くーっくく、くはっはっは」

名雪「わ、ほんとに笑い出した! ひどいひどい!」
 
北川「だ、だって、・・・部屋でごろごろって・・・ごろごろ転がってたって・・・棚にぶつかるくらい・・・そりゃ意味違うし・・・しかも・・・ぶつかって・・・落ちてくるのわかってて・・・なら・・・なんで避けないの・・・く・・・くく・・・」

名雪「うーっ、不可抗力だったんだよ!」
 
北川「不可抗力じゃないって・・・そういうのは・・・くくく・・・」

名雪「まだ笑ってるよ!」
 
北川「ご、・・・ごめん、・・・もうちょっと、・・・まだ・・・・おかしい・・・」

名雪「あんまりだよ・・・」
 
北川「いやだから、・・・ごめん、・・・謝るから・・・償うから・・・・ひーひー」

名雪「笑いながら言われても謝られてる気しない・・・」
 
北川「はあっ、はあっ、いや、ほんとにごめん。水瀬の前で笑うつもり無かったんだけど。あ、そうそう。お詫びの代わりに、今度部屋の整理手伝うよ。物、落ちてこないようにさ。」

名雪「う、うん。わかった、それで許す。」
 
よく考えたら、わたしもおばかさんだしね・・・
 
北川「さて。教室、戻ろうか。」

名雪「うん。あ、この事は・・・みんなには言わないでね」
 
北川「ああ。オレの胸の内に秘めておく。」
 
 教室に戻った北川君は、もう笑ったりしなかった。何をしていたのか訊かれても、適当にはぐらかしてくれた。でも、おかげで変な噂立っちゃった。
 
「あなたたち、なんか仲いいのね。」
 
 ・・・そういうんじゃないのに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
名雪「うふふ、今日はビーフストロガノフ作っちゃおうかなー。でもわたしこれって作ったことないから、ただのビーフシチューになっちゃうかも。えっと、とりあえず牛肉は必須だね。それとデミグラスソースは、これも自分で作ってみようかな。あとは人参と、玉葱・・・入れよっかな?」







 
・・・・・。

名雪「・・・二人分、作っちゃったよ。ついうっかり。しかも二日分。」

四日かければ、一人でも食べきれるけど。

名雪「で、でもっ。今もう春過ぎて夏来にけらしの季節だから、そのままにしとくと腐っちゃうよ、沖縄じゃないから3時間でアウトってことはないけどでも半日は少し不安だよ、でもこの鍋大きいから冷蔵庫入れようと思ったら中片づけないといけなくなるし。そんなことしたら全く見に覚えのない3年前の夏のキムチバナナシャーベットなんかが出てきてしかもそれが冷蔵庫のニオイまで吸収してて出してみたらまー大変異臭放ちまくりあら大変これはサリンかしら炭疽菌かしらって近所のおばさんが保健所通報しちゃって、保健所のおねーさんただでさえ公務員リストラで人手不足な超過勤務状態なのにさらに余計な出動しいられて大不機嫌あーらあなたが今回の事件の黒幕あたし今日はコミケで彼とデートのはずだったのよそれをおじゃんにしてくれちゃってあたしの人生狂わせてどういうつもりかしらあお仕置きしなきゃねとりあえずお尻ペンペンするからズボン脱ぎなさい下も脱ぎなさいなんて言われて公衆の面前でお尻ペンペンされていつの間にか周りはカメラ小僧だらけでわたし投稿雑誌で一躍期待のヒロインだよ〜」

・・・・・。
名雪「・・・は、無いにしても。何とか片づける方法見つけ無いとね。」

 捨てるのはもったいないし、このままじゃわたしが全部食べることになっちゃうよ。でも二日間も二人分も食べ続けてたら、わたし確実におでぶさんになちゃうし。かといって四日もずっとこれ食べるのも嫌だし。健康な食生活には1週間で80品目食べる必要があるって、TV栄養士が言ってた。一日百品目とか言う説もあるけど、それはまともな人間にはムリだからパス。だから、何とか早く片づけないと・・・・
 
・・・そうだ
名雪「祐一、呼んじゃおう。どうせろくなもの食べてないんだろうし。一週間カップ麺なんて贅沢だとか言ってご飯に麦混ぜて醤油かけてそれだけって生活してそうだよね。うん、そうしよう。思いついたら即実行!」

電話をとって。
名雪「・・・・。」

でも、待って。
名雪「・・・もし。香里がいたらどうしよう。」

 そうだよ。その可能性大だよ。香里ってひねくれてるけどほんとは優しいし。祐一の貧相な生活見たら、ぶち切れて祐一一発殴ったあげくすっとんでいって天丼とか買ってきそうだよ。それに香里って結構料理うまいし、「今日からは相沢君の3食はあたしが作るわよ。いいわね、文句無いわね?あ、それと食費はもちろんいただくけど、出世払いでもいいし、それに、結婚したら免除ってことにしてもいいわよ。・・・きゃっ、あたし何言ってるのかしら、まだ気が早いわよね」なんて恥ずかしいこと平気で言いそうだよ。老け顔のくせに。
 でも、わたしが文句言う筋合いは、少なくとも無いよね。香里と祐一は、今や全校公認のカップルなんだし。むしろわたしはおじゃま虫だよね。ふられた身なんだからさっさと忘れないといけないのに、いつまでもべたべたとしたがって・・・わたし、ほんとダメ女だな・・・
 
鍋がぐらぐら言っている。

名雪「で、でもとりあえず鍋の中身は片づけないといけないよっ。うーん、・どうしよう・・・」








 
北川「大・感・激。」

名雪「そんな、わざわざ文字区切ったような言い方しなくても・・・」

北川「いや、言わせてくれ。オレは今、ただ普通に大感激と言ったんじゃ表せないくらいの喜びをこの身に感じているのだから。」

名雪「そんな感激するようなこと・・?」

北川「もちろん。なにしろ、水瀬の手料理を口にできるんだから。」

名雪「わ、ご、誤解しないでね。わたしはただ、残しちゃもったいないしおでぶさんにはなりたくないからと思っただけで、深い意味はないよ。」

北川「オレだって、深い意味はない。純粋に、おいしいものが食べられることを喜んでいるんだ。」

名雪「そうなんだ。」

北川「あ、ち、違うぞ。おいしいものっていうのはこの、ビーフストロベリーガナッシュのことで、決して、水瀬がおいしそうとか言ってる理由じゃ・・・」

名雪「わ、わたしは食べてもおいしくないよ〜。それにビーフストロベリーガナッシュじゃなくて、ビーフストロガノフ。」

北川「うんそうそうその通りなんだ、ってそうじゃなくて、水瀬はかなりおいしいと思・・・って違う違う、そういう事は考えて無いって、あーくそ、なんで余計なこと言いうんだあ」

名雪「え、えっとね。そう、ビーフストロベリーガナッシュも、おいしそうだと思うよ、うん、イチゴだし。」

北川「そ、そうだな。って、マヂ?! 牛肉とイチゴだぜ?」

名雪「意外な発見、だよ。」

 
 そう。意外な発見。北川君がこんなこと考える人だったなんて。ちょっとがっかり・・・かな。でもわたし、どうしてがっかりしてるんだろう。北川君に、何かを期待してたのかな。北川君は、わたしにいろいろ期待してるみたい。そう、昔わたしが、祐一にもってたみたいな。
・・・むかし。むかし、かな。うーん、まだわからないよ・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「休み〜お休みだよ〜、今日は休日だから早く起きなくてもいいよ〜」
かちっ
 
名雪「・・・だったら早く鳴んなよ目覚まし・・・・」

はっ、いけないいけない。この間ヤな事があったからって、ついブラックになっちゃったよ。わたし一人しかいないとはいえ、気を付けないと。
 
名雪「でも、何でこんなメッセージなんか・・・夕べ吹き込んだのは覚えてるけど・・・・」

ヒマだったから。それが理由だったと思う。あんまりいい理由じゃない。
そして今日も、たぶんヒマ・・・
名雪「♪学校は〜英語で言うとスクールで〜、語源はラテン語スコラです〜、スコラの意味は〜日本語でヒマヒマ〜、ヒマヒマ〜、えっちな意味じゃないんだよ〜♪」

とりあえず歌ってみる。我ながらアホだ。でもいい、ヒマだから。
 
名雪「・・・・・・。」

ちょっと空しくなってきた。こんな時、みんなはどうしてるんだろう。友達とどっか行ったりするのかな。あ、彼氏とデートかな。みんなすぐ作っちゃうんだよね。早すぎだよ。でも、誰かが言ってたな。優しい彼がいれば、寂しくなんか無いの〜って。
優しい彼、かあ。
祐一。
だ、だめだよっ。祐一はわたしの彼じゃないよっ。香里のものなんだから、とっちゃダメだよ。とったりしたら香里怒っちゃうよ。あの長い髪がメデューサみたいに蛇になって襲いかかって来ちゃうよ。わ、わたしすごいこと言ってるよ。聞かれたらもっとひどい目に遭わされちゃうよ。そいでもって八つ当たりとか言って祐一に襲いかかりそうだよ。で、襲った勢いでえっちなことしそうだよ。というか普段からやっていそうだよ。わーだめだよ香里、そんなひどい扱いしちゃ、祐一はああ見えて繊細なんだよ、もっと優しく扱ってあげないとダメだよ、と言うかわたしと代わってえ!
 
名雪「・・・・バカみたい。」

なんか・・・気分悪いよ。さっき起きたばっかりだけど・・ちょっと寝よう・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
祐一「おー、開いてる開いてる」

香里「祐一。いくら名雪の部屋だからって、いきなり開けたらダメでしょ」

北川「そうだぞこのスケベ」

 
・・・ん〜?
 
祐一「す、すけべって・・・俺はただ、つい先日までここの住人だったから、その勢いで・・・」

北川「その勢いで、水瀬が寝てたら襲うつもりだったってか。このむっつりスケベ」

祐一「て、てめーに言われたくないわっ、ちょっと目離すとすぐ名雪の妄想始めるような奴がっ」

香里「どっちもどっち。両方ムッツリ。」

北川「そのムッツリを彼氏にしてるあなたはさしずめムッツリの女王。」

香里「祐一。こいつ、蹴っていい?」

祐一「お好きなだけどうぞ。」

北川「い、いてっ、やめろ、オレはお前には蹴られたくねえ!」

 
名雪「・・・うるさいよ・・・・」

がちゃっ
名雪「・・・なんなの、朝から・・」

香里「朝? もう1時よ。」

名雪「1時・・・明るい・・・そっか、白夜?」

香里「今は昼の1時だからね。」

名雪「・・・・うん。」

祐一「夜だと思ってたな。」

名雪「うー・・・・何の用?」

北川「水瀬のかわいい顔が見たくなった、それだけのことさ。」

名雪「・・・北川君のえっち。」

北川「・・・・・・・・・。」

あ、落ち込んだ。
 
祐一「うわー、すっげー落ち込んでるぞこいつ」

名雪「で。なんなの?」

香里「うん。名雪がね、今いったら起きてるか寝てるか、って勝負してたの。」

名雪「・・・ナニソレ。」

祐一「俺がさ、休日なんだから名雪は寝てるのが当然だろ、って言ったら、北川がムキになって否定してさあ。」

名雪「ひどいよ・・・北川君がムキになるの当然だよ・・・」

香里「当然ねえ。本当に全ての理由をわかって言ってるのなら、北川君も果報者だけど。」

北川「・・・フ」

祐一「なにかっこつけてんだ」

香里「で。名雪。実際のところ、あなたは起きてたの?それとも、寝てたけど起きたの?」

名雪「う・・・それは・・・・・」

祐一「よだれ。」

名雪「え? わ、うそうそ、なんで〜、え〜、涎なんかついてないよ〜」

香里「・・・寝てたのね。」

名雪「う・・・うーっ・・・」

祐一「残念だったな、北川。」

北川「ふ、仕方ないさ。オレの役目は、水瀬を信じてやることなんだから。」

香里「でも、見事に裏切られたわね。」

名雪「・・・ごめんね北川君。」

北川「いいんだ。こんなことで、オレの心は傷ついたりゆらついたりはしない。これからもずっと、水瀬を信じ続けるさ。」

名雪「そうなんだ・・・」

祐一「お前・・・言ってて恥ずかしくないか?」

北川「恥ずかしいに決まってる・・・・」

名雪「ね、北川君。ご飯にコーラをかけて食べるとおいしいって、知ってる?」

北川「いや、知らない・・・というかそれほんと?」

名雪「ほんとかどうか知らないよ。でも、信じるんだよね?」

香里「名雪・・・あなたって、時々たまらなく意地悪ね。」

名雪「そかな?」

香里「そうよ。」

名雪「・・・きっと、北川君だからだよ。」

祐一「わーひでえ」

 
 ・・・うん、ちょっとひどいかもね。わたし、いじわるだよ。でも、いじわるにもなるよ。だって、どう応じたらいいかわかんないんだもん。嫌じゃないけど、恥ずかしいし。どうしたらいいか、よくわかんないんだし・・・
だから
 
名雪「ごめんね、北川君。」

北川「え? あ、うん」

 
今はまだ、もう少しひとり。だよ。
 
祐一「よし。今日は名雪のオゴリだー」

名雪「え?! どうしてそうなるの?」

祐一「いやだから。北川いじめたお詫びとして」

名雪「え、そ、そんな。だいたい北川君いじめたお詫びなら、祐一関係ないじゃない」

祐一「何を言うか。俺と北川は大親友同士なんだぞ。ならば当然、北川へのお詫びも俺のもの」

名雪「そんなのってないよ・・・」

北川「まあまあ相沢。ここは一つ、この間恵んでやった卵2個に免じて」

祐一「う・・・ま、まあ致し方あるまいな」

香里「なに祐一、卵恵んで貰ったの?まさかお金無いから?なっさけないわねー、だいたいあなたって」

祐一が、香里に説教されてる。それを見ていた、わたしと北川君。そして。北川君は、私の方に振り返って言った。
 
北川「気にするなよ。」

 それだけ言って、祐一の肩を抱いて高笑いしながら歩いていってしまった。
 
名雪「・・・うんっ」

 その気にするなよがどういう意味なのか、よくわからないけど。でも、とりあえずわたしの都合のいいように解釈して、甘えさせて貰おう。
 
名雪「春はまだ、長いしねっ」

・・あ。わ、3人ともなんか遠く行っちゃってるよ。どっか行くみたいだよ、まってよ、わたしも行くよ〜!
 
 
 
なゆちゃんのひとりぐらし 完
(2002年1月1日執筆)

 
戻る