「えー、それでは、女子の学級委員は美坂さん、男子は北川さんということで、よろしいですね?」
「よろしいでーす」
「今時男子女子それぞれ一人なんて男女同権の流れに反する気もするが・・・まあ、
よかろう。」
四月。高校に入学したてのオレは、いきなり学級委員に選出されてしまった。
何でオレなのか、よくわからない。頭良さそうに見えたのだろうか。
まあ、学級委員なんてものは、案外雰囲気で選ばれてしまうものだからな。あまり気にしないことにした。
とりあえず、相方には挨拶しておこう。これから何かと仕事も増えるだろうからな、
相方にさぼられたらかなわん。
北川「ということで、よろしく。北川潤だ。」
香里「よろしく、美坂香里よ。」
ふーん、美人だな。なるほど、人目は引きやすいタイプだ。
北川「仲良くやっていこうな、半年間。」
香里「あら、どうして半年間?」
北川「学級委員の任期は半年だろ?」
香里「そうね。でも、大抵は後期も『もう一度』って留任させられることが、多いわよ?」
北川「そうなのか?」
香里「学級委員なんて、不名誉職なのよ。」
そう言いながらも、美坂の顔に不満気はなかった。
香里「ま、あたしはやりなれてるからいいけど。」
不満気のなさの理由を尋ねる前に、美坂はそう言った。
そうか、何度もやってるのか。意外と有能なのかな。
北川「そうか。オレは初めてだから、困ったときはサポートしてくれよ。」
「うにゅう」
北川「え?!」
香里「?」
北川「いや、今変な鳴き声がしたんだけど・・・・美坂じゃないよな・・・?」
香里「鳴き声?」
「ふにゅ」
北川「ほら、また。」
香里「・・・ああ。これよ。」
そう言って美坂は振り返り、後席に突っ伏している物体を指さした。
北川「って、『これ』って・・・」
香里「いいのよ。中学からの親友なんだから。」
北川「そういう問題でもない気がするが・・・」
香里「そのうちわかるわよ。」
「うー、かおりがひどいこといってるよー」
机に突っ伏した、長い髪の女の子(たぶん)が、抗議の声を上げている。
北川「って、しっかり聞かれてるじゃないか。」
香里「聞かれてるってわかってるから、言ってるのよ。」
「ひどいよー、ひどいよー」
北川「ふうん・・・」
これ呼ばわりの是非はともかく、親友っていうのは、本当だな。
香里「・・・紹介してほしい?」
北川「そうだな。」
香里「ほらあ名雪、北川君にご挨拶しなさい。」
名雪「うに・・・・」
突っ伏していた頭がゆっくり持ち上がり、少女の顔が姿を見せる。
北川「・・・・・・・。」
・・・かわいい・・・
名雪「みなせなゆき、こーこー1年、しゅみは走ることと寝ること、すきなものはおかーさんといちご・・・」
北川「・・・お母さんを食べるのか。」
名雪「お母さんは食べないよー・・・・」
とろんとした目でそう否定してきた。
北川「まあ、そうだろうなあ。」
名雪「ひどいよー、わかってるならいわないでよー、えーと、・・・・」
北川「北川潤。」
名雪「、北川君。」
香里「ふうん・・・。」
北川「なんだ?」
香里「名雪とこんだけ息合わせられたのって・・・あなたが二人目よ。」
北川「そうなのか。」
香里「一人目はあたしだけどね。ううん、本当は、その前にもう一人いたらしいんだけど・・・」
担任「おーい、学級委員。どっちか一人でいいから、ちょっと手伝ってくれ。」
北川「お、早速任務か。しゃあない、オレが行って来るよ。」
香里「あら、あたしが行くわよ。」
北川「いや、オレでいいよ。オレが行くって。」
香里「お願い、あたしに行かせて。」
北川「・・・・?」
香里「あたしって、結構誤解受けやすいのよ。だから最初信用得るまでは、仕事してるんだってとこ見せておきたいの。」
北川「そうか、わかった。」
なるほど、世の中、偏見が多いからな。こいつも結構苦労してんだ。
香里「じゃあ、行って来るわね。」
そういって美坂は、教室を出ていった。
そしてオレは、美坂の席を離れなかった。
すぐに離れればいいものを、なぜかその場を動かなかった。
水瀬、その当時でいきなり呼び捨てにしていいものかどうか判断に苦しむが、とにかく彼女が、オレの方をじっと見つめていたからだ。
北川「あ、あの・・・なにか?」
つい、敬語口調になってしまった。
名雪「・・・どうして髪が立ってるの?」
北川「え?!」
言われて、両手を頭にやった。
確かに、後ろの方から髪の毛が数本束になって立っている、そんな感触があった。
北川「な、なんで?朝ちゃん整えたつもりだったのに・・・」
そう言いながら、手櫛で髪を押さえつけた。
名雪「どうして髪が立ってるの?」
北川「え、まだ立ってる?!」
えい、ぱさぱさぱさ
名雪「どうして髪が立ってるの?」
北川「くそ、何で寝付いてくれないんだよ!」
えい、ぺた、ぐわしゃわしゃ
名雪「どうして髪が立ってるの?」
北川「・・・・・・・・。」
はあ〜
そうため息をついて、オレはいすに座り込んだ。
もちろん、美坂はしばらく戻ってこないという計算があってのことだ。
名雪「もうやめたの?」
北川「・・・ああ。何回やっても、寝てくれないからな。」
名雪「わたしはすぐにでも寝られるのにね。」
北川「洗面所に行って、水つけてこようかなあ」
名雪「でも、わたしはそのままでもかまわないと思うよ。」
北川「そ、そうか?」
名雪「うんっ。けっこう似合ってるよ。」
満面の笑顔。それを見たときオレは、別に髪が立ってるくらいどうでもいいかと思った。
北川「ところでさっき、すぐにでも寝られるとか言っていたが、あれは?」
名雪「うん、わたしはどこでもいつでも、寝ることができるんだよ。」
北川「そうか。それは便利だな。」
名雪「そうでもないよ。その代わりに、寝ちゃいけないときにでも寝ちゃうんだから・・・」
北川「うーん、そうか・・・」
名雪「ねえ、何かいい方法無いかな?」
北川「うん?」
名雪「寝ちゃいけないときに、寝なくて済む方法。」
北川「うーん、そうだなあ・・・。場所は限定されるが、こういう方法はどうだろう」
先生と美坂が戻ってきて、本日第二幕の始まり。授業がまだ始まっていないから、やることはオリエンテーションのようなことばかり。美坂は、その資料の整理に行っていたらしい。
美坂が席に着き、先生が話し出す。
平穏な教室。
暫しの時。
そして突如、声。
香里「ぎゃーーーっ」
全員の視線、美坂香里に注目。美坂はその事態に気づき、恥ずかしそうに俯いた。
なぜ美坂は、突如あんな声を出したのか。
担任「美坂ぁ。ゴキブリでも出たか?」
香里「い、いえっ。その・・・・。」
美坂はそう言いながら、しきりに後ろ髪を気にしていた。
オレには、実はその理由がわかっていた。
二限終了。
香里「北川君。」
ちっ、早速のお呼び出しかい。もうばれちまったのか。
香里「こんな事教え込むの、北川君以外いないでしょ。」
北川「そうとも限らないぞ。地上3500mに浮遊している、CIAの特殊任務飛行艇がだなあ」
香里「こんな事ってなんなのか、わかってるの?」
北川「え?」
香里「名雪に、お味噌の原料はタマネギだって教えたでしょ。」
北川「え、オレそんなこと教えて無いぞ。眠気覚ましに指に美坂の髪巻き付けたらとは言ったけど。」
香里「やっぱりあなたなのね。まあ、名雪の証言でわかってはいたけど。」
名雪「ごめんね、北川君。せっかく教えてくれたのに・・・」
北川「いやま、それはいいんだけど。て言うか、信じこんじゃったのね。」
名雪「だって、北川君ウソつくような人に見えなかったから。」
北川「でも、冗談は言うんだよ。覚えておいてくれ。」
名雪「うん、そうするよ。」
水瀬は、ちょっと不機嫌そうだった。
・・・・やっぱまずかったかな。そう思った俺は、素直に謝ることにした。
北川「水瀬、ごめん!」
名雪「え?」
北川「やっぱり、いい加減なこと教えたオレが悪かった。ごめん。」
名雪「え、い、いいよもう・・・」
北川「ごめんな・・」
名雪「北川君って、・・・・やっぱりいい人だね。」
顔を上げると、そこには元のように笑顔の水瀬がいた。
北川「そ、そうかな。」
名雪「うんっ。いい人、だよ。」
いい人。この言い方っていろいろ複雑な意味があるけど。
でも、今は素直に受け取っておこう。この笑顔が、そんな皮肉を言うとは思えないし。
北川「水瀬、ありがとう。」
名雪「うん。北川君、本当にいい方法があったら、今度はちゃんと教えてね。」
北川「ああ。調べておくよ。」
そう言ってオレはその場を立ち去ろうとして、美坂に肩をつかまれた。
香里「またんかい。」
北川「何でございましょう。」
香里「実際に髪を抜かれた被害者はあたしなんだけど。」
北川「そうだったんですか。それはご愁傷様。」
香里「あたしには、一言の詫びもないわけ?」
北川「ごめん。」
香里「そんだけ?」
北川「他に何を言ってほしいんだ?」
香里「・・・ま、別にいいんだけど。でも、名雪に対するのと、ずいぶん態度が違うじゃない。」
北川「そ、そうか?」
名雪「そうかな?」
香里「・・・・ま、いいわ。」
翌日。
オレはちゃんと髪を整えていった。
北川「おはよう水瀬、おはよう美坂。」
名雪「あ、北川君。おはよう。」
香里「おはよう。」
名雪「・・・今日は、髪立ってないんだね。」
北川「あ?ああ、今日は念入りに整えてきたからな。」
名雪「そうなんだ。」
香里「なんだ。いつもあんな髪型なのかと思ったのに。」
北川「そんなわけあるか。」
名雪「違うんだ・・」
北川「あのなあ・・・」
香里「残念。」
北川「え?」
名雪「仲間が一人増えたと思ったのに。」
北川「仲間って・・・・」
香里「あたしも名雪も、髪型がちょっと、何というか個性的だから。」
北川「個性的・・・・」
確かに。言われてみれば、二人とも前髪がなんだか変だ。
北川「・・・全然気づかなかった。」
香里「気づかないってのも結構問題よね。」
北川「なんでそんな髪型してるんだ?」
名雪「香里が始めたんだよ。」
香里「は、始めた訳じゃないわよ。」
名雪「でも、香里が先にその髪型してきたんだよ?」
香里「あ、あれは、ちょっとセットに失敗して・・・」
北川「昨日のオレと似てるな。」
香里「なのに、名雪が勝手にまねしたんじゃない。」
名雪「だって、ねこさんみたいだったから・・・」
北川「なんで香里はそのままこの髪型を続けたんだ?」
香里「すぐにやめたわよ。そしたら、名雪が泣きついてきて・・・」
名雪「そこまでしてないよ〜」
香里「したわよ。『ねこさん仲間がいなくなったぁ』って。」
名雪「記憶にないよ・・・」
北川「そういうことだったのか。」
香里「おかげで中学三年間、周りから浮いちゃったわよ。」
北川「だろうなあ。」
名雪「でも、わたしは楽しかったよ。」
香里「ま、名雪はそうでしょうね。」
北川「そうか。」
オレは改めて思った。この二人、本当に親友なんだな。
名雪「ということで北川君。明日から髪立ててきてね。」
北川「な、なんでそうなる・・・・」
名雪「約束だよ♪」
文句を言いつつも、オレは翌日から髪を立てて登校するようになった。
案の定、浮いた。
でも、水瀬は喜んでくれた。だからそれでいい、そう思うことにした。
そして数日、数週間、数ヶ月が過ぎた。
オレと美坂、そして水瀬は、確実に仲良しになっていた。
オレと美坂は学級委員だから、その仕事を一緒にやることが当然多かった。そして、それを水瀬が手伝ってくれることも、しばしばだった。
香里「名雪、部活あるんでしょ?あなた一年生のエースって言われてるのに、いいの?」
名雪「親友が苦しんでるのに、放ってはおけないよっ」
香里「別に苦しんではないんだけど・・・。」
北川「そうだぞ。オレだっているんだからな。」
名雪「・・・わたし、いたら邪魔かな?」
北川「全くそんなことはない。本心を言えば、いつもいてもらいたいくらいだ。」
それは本当のことだった。水瀬がいると、オレの心は妙に楽しかった。
名雪「そうなんだ。じゃあ、なるたけいるようにするよっ」
香里「でも、部活にも顔出した方がいいわよ。」
名雪「うんっ、そうするよ。」
そんな水瀬を見て微笑んでいる自分に、ふと気づいた。
そろそろ、自覚はあった。俺は、水瀬のことが好きなんだと。
香里「・・・・・。」
そう、それは、周りの人間にもわかってしまうくらい・・・・
ある日のこと。その日水瀬は部活に行っていて、オレと美坂の二人きりで作業をしていた。
香里「ねえ、北川君。」
北川「なんだ、告白か?」
香里「してほしいの?」
北川「決して嫌では無いな。」
香里「そう。でも残念ながら、告白じゃないわよ。」
北川「そうか。」
香里「むしろ、告白するのは北川君の方かもね。」
北川「なんだそれ」
香里「名雪のこと、好きでしょ。」
北川「え・・・?!」
香里「当たりね。」
北川「いや、そ、それは・・・あの、・・・」
香里「そんなにうろたえなくても。別にからかったり非難しようとしているわけじゃないのよ。」
北川「は、はは・・・」
香里「名雪はあたしの親友で、北川君もあたしの友達だから、二人がお幸せになるのに異存はないわよ。」
北川「つまり、協力してくれるのか?」
香里「そうね、できればそうしたい・・・ううん、そうするつもりだけど・・・」
北川「?」
香里「でも、・・・・・あの子、難しいわよ。」
北川「うん。そこらへんへの関心、薄そうだからなあ。」
香里「そうじゃないのよ。」
北川「そうじゃない・・?」
北川「おはよう水瀬、おはよう美坂。」
名雪「あ、北川君。おはよう。」
香里「おはよう。」
北川「・・・・・。」
名雪「どうしたの北川君?」
北川「いや、なんでもない。」
名雪「そうなんだ。」
水瀬には好きな人がいる、らしい。美坂にそう聞いていた。
北川「らしいって、なんだ。」
香里「あたしも、はっきり訊いた訳じゃないから。」
北川「あやしい雰囲気って奴か・・・」
香里「雰囲気と言うより、名雪の話し方が、ね・・・」
北川「・・・だれだよ。」
香里「知らない人。」
北川「え?」
香里「あたしも北川君も知らない人。」
北川「あ、そういうことか。」
香里「ま、だからあくまであたしの憶測なんだけどね。」
北川「水瀬。」
名雪「なに?」
北川「いや、なんでも。」
名雪「そうなんだ。」
しまった、ついいつもの癖が。普段水瀬と話したいが為に、こうやって意味もなく声かけてるものだから。
北川「実は、なんでもって事はないんだ。」
名雪「なんなの?」
北川「水瀬、好きな人いるのか?」
名雪「おかあさん。」
北川「・・・それは前に聞いた。」
名雪「うん。わたしも言ったような気がするよ。」
北川「で。オレが聞いてるのは、そう言う意味での好きじゃなく。」
名雪「なに?」
北川「好きな男はいるのか?という意味だ。」
名雪「・・・・・・。」
北川「いや、答えたくないならいいんだよ」
名雪「・・・昔は、いたよ・・・」
北川「・・・・そうか。」
名雪「祐一っていってね。わたしの、いとこなんだけど・・・」
初めはためらいがちだった口調が、しかし、だんだんと弾んだものになっていった。
美坂の言うとおり、「祐一」のことを話す水瀬は、とても楽しそうだった。
オレは悔しかった。
香里「だからやめておけ、って、言わなかったっけ?」
北川「聞いてない。」
香里「そう。じゃあ、言っておくべきだったわね。」
北川「言っても聞かなかったろうさ・・・」
そして夏が過ぎ、秋が来て、冬となった。
三人は、もはや親友と呼んで差し支えなかった。
だが冬になり、水瀬はよく「祐一」のことを話すようになった。
名雪「・・でもね、祐一は優しいんだよ。そのあとわたしがソファに座ってたら・・・」
オレにとって、辛い日々だった。
でも、水瀬の話から逃げるようなことはしなかった。逃げたら負ける。「祐一」に負ける。そう思えた。
勝つ見込みも、無かったが。
香里「北川君、よく耐えてるわね。」
北川「ふ。堪え忍ぶ恋、って奴かな。」
香里「そうねえ。」
北川「にしてもさ。あの「祐一」って奴、ほんとにそんないい奴なのかな。」
香里「いい人なんでしょ。名雪があれだけ思い入れするんだから。」
北川「話聞いてると、結構ひどいことしているように聞こえるんだが。」
香里「でも、ちゃんと後でフォローしてるじゃない。きっと素直じゃないだけなのよ。」
北川「そうかなあ?なんか、オレは気にくわないな・・・」
香里「そう?あたしはちょっと、興味あるけど・・・」
そして、春が来た。二年生。
三人は、また同じクラスになった。離れてしまうという心配は、なぜか無かった。
当然、三人はいつも一緒だった。
そんなある日。水瀬が驚くようなことを言ってきた。
名雪「ねえ。香里と北川君がつきあってるって、ホント?」
北川「は?!」
香里「ウソよ。」
香里はきっぱり即答した。
名雪「そうなんだ。そうだよね。わたし、てっきり恥かいたかと思っちゃったよ。」
香里「そんな噂に翻弄される方が、恥よ。」
噂・・・?
北川「噂って、オレと美坂がつきあってるっていう噂か?」
名雪「うん。すごくほんとらしく言ってるから、みんな。わたし、てっきり、わたしだけが知らないものと思って・・・」
北川「何でそんな噂が・・・」
名雪「いつも一緒にいるから、かな。」
北川「だったら、美坂じゃなくて水瀬でも良さそうなものなのに・・・」
それは自分の願望も入っていた。
ちょっとだけ、本気だった。
名雪「うーん。そうだよね。」
案の定、水瀬は全く気づいていなかった。
まあ、その方がよかった。中途半端に気づいて気にされて、気まずくなるよりは。
香里「根拠のない噂なんて、すぐに消えるわよ。放っておけばいいのよ。」
美坂の言うとおりに、噂は放っておかれた。だが、それはなかなか消えなかった。
いったん収まったかに見えても、またいつの間にか復活していた。周期というのとも違った。収まり方はごく自然だったが、いつの間にかそれは覆されていた。
北川「変だ・・・」
誰かが意図的に流している。そう考えだしたのは、夏休みが開けてもなお噂が流れていたためだった。
休み中にオレと美坂がデートしていたという話まで捏造されていた。
さすがにもう、無視するわけには行かなかった。
北川「止めるなよ美坂。もう、これ以上水瀬に誤解されるわけには行かない。」
香里「止めないわよ。あたしも、なんだか黙っている気分じゃないの。」
オレは、噂の発生源を突き止めるつもりでいた。
名雪「わたしも手伝うよっ」
水瀬の言葉に深刻さはなかった。が、オレには、その言葉はうれしかった。
そして
手掛かりを見つけたのは、水瀬だった。
名雪「山野君が、妙にムキになって北川君の悪口言うんだよ・・・」
聞き込みをしていた水瀬が、そうオレに報告してきた。
オレは、山野の元に向かった。
北川「山野、話がある。こい」
山野「何の用だよ。」
北川「いいから来い。」
山野は、あからさまにうざったそうに席を立った。
北川「水瀬に何を言ったんだ。」
俺は階段で山野と対峙していた。
山野「事実を言ったまでだ。」
北川「水瀬は、オレの悪口だって言ってたぞ。」
山野は、そこで少し悔しそうな顔をした。
北川「どういうつもりだ?」
山野「・・・水瀬に言ったことは事実だ。お前は、水瀬にとってよくない存在だ。」
北川「なんだと・・・?」
山野「お前みたいな男、水瀬にはふさわしくない。今すぐ離れろ。」
北川「断る。」
山野「折角美坂とくっつけてやってるんだ。おとなしく付き合っておけ。」
北川「お前か、あの噂の発生源は。」
山野「俺のせいじゃないさ。お前と美坂がくっつくってのは、みんなが望んだことなんだよ。だからこそ、噂にもなるんじゃないか。」
北川「貴っ様・・・」
山野「美坂は美人だし、頭もいいじゃないか。お前なんかにはもったいないくらいだ。ありがたく頂戴しておけばいいんだよ。」
北川「冗談じゃねえよ。それじゃ、俺や美坂の気持ちはどうなる。人の気持ち無視して、勝手にそんな」
山野「じゃあ、水瀬の気持ちはどうなんだ?お前に向いているとでも言うのか?」
・・・・
山野「かないもしない相手に横恋慕したりして。恥ずかしくないのか?」
・・・そんなのは
北川「・・・かなうかどうか、未来はどうなるかわからないさ。」
オレは、山野に詰め寄って続けた。
北川「だけどな、これだけは言える。水瀬は、お前なんかには絶対振り向かないぞ。」
噂は、しばらく止まなかった。
オレと美坂は、仕方なくしばらく距離を置くことにした。
それは、とても寂しいことだった。
理不尽な理由で友人関係を凍結するなど、腹立たしい以外の何者でもなかった。
水瀬は、とても悲しそうな顔をしていた。
そしてオレは、学級委員の再選を辞退した。拒否と言ってもいい。
オレ一人で決めたことだった。せめてもの抗議のつもりだった。
ようやく噂が収まったころには、秋も終わりに近づいていた。
完全に噂が収まった12月の頭、久々に三人で学食に行った。
名雪「友情復活、だね。」
そう言って水瀬は喜んでいた。
だが美坂は、なんだか元気がなさそうだった。
北川「美坂、どこか悪いのか?」
香里「大丈夫よ。」
名雪「・・・ホントに?」
香里「・・・なんでもないわよ。」
そう言って笑う美坂の顔は、本当に何も無いかのように見えた。
北川「ま、いろいろあったからな・・・」
噂の一件による心労。そのときは、そう思っていた。
そんな美坂をよそに、オレは水瀬との短い時間を楽しんでいた。
北川「あっちむいてほい」
名雪「あっぷっぷ」
香里「あんたたち、ルールがずれてるわよ・・・」
俺と水瀬がより親しくなったのを見て、忠告してくれるやつもいた。
「お前、今度は水瀬と噂立てられるぞ?」
それは本心からの忠告のようだった。
だが、むしろうそうなってくれた方が、俺にとっては願ったりかなったりだった。
水瀬はどう思うかは解らなかったが。
そう、水瀬は今、俺のことをどう思っているのだろう。もちろん友達だろうけど。でも、何らかの可能性のある友達としてみてくれているだろうか。それとも、本当にただの友人だろうか。
そう思うと、妙な焦燥感が心の中を支配した。
オレは、一つの決心を固めた。
水瀬に告白する。
オレがさっさと動かないから、変な噂を立てられて、美坂にも迷惑をかけた。すっぱり、けじめを付けたかった。
「祐一」に対する劣等感。当初抱いていたそれは、それはそのときにはどこかに行っていた。俺なら、「祐一」にだって勝てる、そう思えた。何故なら、今水瀬の目の前にいるのは、「祐一」じゃなくて、俺なんだから・・・
北川「美坂、オレ、決めたよ。」
香里「何を?」
美坂には、一応報告しておきたかった。オレの水瀬に対する思いの、最大の理解者であり協力者、そして親友だから。
北川「水瀬をデートに誘う。オレの気持ち、はっきり伝えることにするよ。」
香里「そう。とうとう決めたのね。」
北川「ああ。場所は決めてないけどな。日付は12月24日だ。水瀬の誕生日の翌日」
香里「クリスマスイブね。」
北川「ああ、イブの日だ。」
香里「クリスマスか・・・」
北川「美坂。いままでありがとう。オレがんばるよ。」
香里「そうね・・・・・」
北川「美坂・・・・?」
香里「ううん、・・・・・・あなたは、幸せになってね。」
北川「?・・・ああ。」
そのときは、幸せになれると思っていた。
オレはバカだった。このとき水瀬や美坂の心の内に何があるのか、全く考えなかった。
北川「水瀬・・・」
名雪「北川君!」
北川「あのさ、24日、イブの日なんだけどさ・・・」
名雪「北川君。来るんだよ!」
北川「は?」
名雪「祐一が、来るんだよ!」
北川「・・・・・・・・え?」
名雪「祐一のお父さんが急に海外に転勤することになってね、それでね、祐一一人残すのは不安だからって、年明けからうちで暮らすことになったんだよ!」
北川「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
名雪「七年ぶりだよ〜。七年ぶりに、祐一に会えるんだよ〜。」
北川「・・・・・・。」
名雪「たぶん、この学校に通うことになると思うよ。転校してきたら、真っ先に紹介するね。」
北川「・・・・・・。」
名雪「きっと、北川君と気が合うよ。友達になってあげてね。」
北川「・・・・・・。」
名雪「・・・北川君?」
北川「・・・・・・。」
名雪「どうしたの北川君・・・・?」
北川「・・・あ、・・・・ああ・・・・・。」
名雪「北川君も、疲れてるの?」
北川「ああ・・・・・そうだな・・・・そうかもな・・・・。」
窓の外では、冬に入って初めての本格的な雪が降り始めていた。
暖かい冬、天気予報ではそう言っていた。
冬休みは、オレ一人だった。
一人で、戦いの準備に備える。そういうつもりでいた。
この町にやってくる、相沢祐一に対する戦いのために。
そして年が明け、彼はやってきた。
大したこと無い、勝てる。それが、彼に対する第一印象だった。
水瀬の言うとおり、気は合うかもしれない。勝っても負けても、いい友達にはなれそうだ。そう思った。
北川「だが奴は、二日目にしていきなり俺の名前を忘れやがったんだ!」
祐一「奴なんて言い方すんなよ・・・。目の前にいるのに。」
北川「奴で十分だ。お前みたいな記憶力のない奴、あのとき初めて会ったぞ。」
祐一「そんなこと言われても・・・俺そのときのこと覚えてないし・・・」
香里「やっぱり記憶力無いじゃない。」
祐一「くっそー」
名雪「でも、もうあれから七年経つんだね。わたしも、あの頃のことは今聞いて思い出したよ。」
香里「そうねえ。あの時は、七年後にこうなっているとは思いも寄らなかったわ。」
祐一「俺、この町に住むことすら予測できなかったからな。」
北川「未来なんて、わからないものだな。」
祐一「お、鍋煮えてるんじゃないか?」
名雪「うーん、もうちょっと、だね。」
北川「名雪、もう食べてるぞこいつ。」
名雪「あ。だめだよっ、まだ生煮えなんだから!」
祐一「うぅふぁい、むひょくふぁゆうふぇんふぇふぃにふうふぇんりはあるんふぁ!」
北川「何行ってるのかわからんが、とりあえず却下だ。」
名雪「ほら祐一。煮えたらわたしが取ってあげるから、これは鍋に戻して。」
祐一「しょうがねえなあ・・・・」
香里「あいかわらず仲がいいのね。嫉妬しちゃうわ。」
外には、雪が降っていた。
七年前と同じように見える雪。
でもそれは、きっと七年前には降ることを予測できなかった雪。
fin
戻る
(執筆:2000年8月23日)