Happy someday , Mai.

季節は冬。1月の終わり。
センター試験も終わり、二次・私大試験との端境期に当たる時期。
この時期の予備校の風景は、見ていておもしろい。
センターリサーチの結果が出て、各人、特に国公立志望者の進路が事実上決まる頃である。
A判定をだし、早くも合格気分に浮かれる人。
E判定をくらい、私大専願に切り替える人。
受かりそうなところを探して、偏差値一覧を必死に見つめている人。
二浪目を覚悟する人。
なんであるにせよ、月初めまでの予備校の雰囲気とはひと味違う風景が見られるのが特徴だ。
もちろん、普段と何ら変わりない人もいる。
この人もそう。

「・・・おなか空いた。」
佐祐理「うーん、でもたぶん、食堂いっぱいだよ?」

この時期の授業は直前対策講座と称したお茶濁しの様なものばかりなので、殆どの人は授業には出ずどこかに屯っている。といっても屯する場所など、校内にそうそうあるものではない。必然的に食堂が選ばれてしまう。

「・・・でも、おなか空いた。」
佐祐理「じゃあ、もう今日はさっさと帰って、途中でなんか食べよっか。」

何てことを言っていると。

女の子「あの・・・川澄さん、ですよね?」

一人の女の子が話しかけてくる。

「・・・(こくり)」
女の子「あの、これ、・・・読んで下さい」

そういって舞に手紙を渡すと、さーっとどこかに消えてしまう。

佐祐理「なんなんだろうねえ。」
「・・・手紙渡した。」

佐祐理「いや、それはわかるんだけど。で、何が書いてあるの?」
「・・・・・・。」

覗き込むとそれは、何となくラブレターのような感じがした。

佐祐理「舞、やるぅ〜」
「・・・嬉しくない。」

佐祐理「そんなこと言って、ほんとは内心ほくそ笑んでるんじゃないのぉ?」
「そんなことない。」

佐祐理「あの子制服来てたから、グリーンの子だね。いつの間に手出したのぉ?」
「・・・祐一と違う。」

佐「祐一さんが聞いたら怒るよ?」
「・・・・祐一。」

佐祐理「え?」

舞の視線の先には、人集りしか見えない。

佐祐理「祐一さんがいるの?」
「・・・間違いない。あと20秒。」

20秒後。

祐一「よお、佐祐理さん。こんなところで会うなんて、土偶だねえ。」
佐祐理「佐祐理は土偶じゃないですよーっ」

祐一「いやいや、土偶というのは古代の魅力的な女性を象って作られたものらしいからな。そういう意味では、佐祐理さんは土偶と呼ばれるだけの価値がある。」
佐祐理「あははーっ。誉められてるんでしょうけど、何となく嬉しくないですねーっ」

もちろん、お互いに悪気はない。

祐一「で、二人ともこんなところで何してるんだ?」

佐祐理「佐祐理達はここの塾生ですから、いるのが当たり前ですよーっ」
祐一「む、そうだったな。」

佐祐理「祐一さんこそ、何しに来たんですか?」
祐一「いや、なんということもなく、ただふらふらと来てしまった。」

佐祐理「予備校って、なんということもなく来るような楽しい所じゃないと思いますよ?」
祐一「いや、佐祐理さんがいれば十分楽しい場所だ。」

二人で軽い冗談を言い合う。

「・・・おなか空いた。」
佐祐理「あ、そうだったねじゃあ、これから三人でなんか食べに行こうか。」
祐一「うむ、それもまた悪くない選択・・。」

ふと、祐一さんの目が舞の持つものに向く。

祐一「・・なんだそれは?早くも合格通知書か?」
「・・・違う」
佐祐理「ラブレターなんですよ。」

祐一「ラブレター・・・・どこのひょうきん野郎だ、舞にこんなもの出すなんて。」
佐祐理「野郎じゃないですよ、女の子です。」

祐一「なにっ!舞はそういう趣味だったのか。」
「・・・趣味じゃない。」

祐一「知らなかった。男に感心のないやつとは思っていたが。」
「・・・無い訳じゃない。」

祐一「でも女の子だとしても、また舞に惚れ込むなんて奇特なやつだなあ。」
佐祐理「そんなことないですよ。舞はここでは、結構人気あるんですよーっ」
「・・・おなか空いた。」

祐一「人気?舞が?なんで!」
佐祐理「かっこよく見えるんでしょうね。舞って背高いし、いつも凛としてるから。」

祐一「でも、それだけで・・?」
佐祐理「ここにいる人たちってみんな受験生でしょ。何かしら心の内に不安を抱えてるんですよ。だから、舞みたいに堂々とした感じの人に憧れちゃうんじゃないですか?」

祐一「堂々と・・・単に舞ペースなだけじゃないか。」
佐祐理「それが難しいんですよ、悩める青少年には。」
「・・・ちなみに祐一、今のつまんない。」

祐一「何かに縋りたいってやつか・・。舞に縋っても、行き着く先は牛丼屋、ってのがオチだと思うが。」
佐祐理「あ、そういえばこの間二人で牛丼屋入ったら、急に店が混み出しちゃいましたよ。」
「・・・牛丼屋行きたい。」

祐一「それは佐祐理さん目当てじゃないの?」
佐祐理「そんなこと無いです。舞の親衛隊とか突撃隊とか結成されてるって噂も聞きますから。」
「・・・牛丼。」

祐一「また危ないネーミングするなあ。クレーム来るぞクレーム」
佐祐理「最近の若い人は、そういうことに無頓着ですからね。」
「・・・おなか空いた。」

祐一「うるさいなあ、さっきから。そんなに腹減ってるんなら、その手に持ってるものでも食っちまえ。」
「・・・・・。」

ぱくっ

祐一「て、ほんとに喰うかっ、喰うのかっ?!」
「・・・祐一が食べろと言った。」
佐祐理「あーあ、折角もらったお手紙・・・それくれた子が見たら、泣いちゃうよ?」

「・・・さっきから見てる。」
佐祐理「え?」

見ると、柱の陰からさっきの女の子がこっちを伺っていた。

女の子「ふぇ−ん、川澄さんって、実は変な人だったんだぁ・・・・。」

祐一「あーあ、行っちゃった。もったいない、俺の口から言うのもなんだが、あれは結構かわいい子だったぞ。」
「・・・・・。」

祐一「しゃあない、俺が代わりに行って、慰めてくるか。ついでに口説き落としてくるかな・・・」

ぴとっ

祐一「て、なんですかこれ?なんか喉元ひんやりするんですけど。ついでに光ってるんですけど。」
「・・・・定規。」

祐一「定規、定規ですか。金属製ですか。そうですか。はははは・・・」
佐祐理「今時そんな定規、技術屋さんでも持ち歩かないのにねえ。」
「・・・気に入ってるから。」

祐一「そうですか、そうですか。それはいいとして、とりあえず離してくれません?定規と解っていても、あんまり気分のいいものじゃないですから。」

佐祐理「で、祐一さん。ほんとに、何しに来たんですか?」

牛丼屋に向かう道すがら、訊いてみる。

祐一「ああ、ちょっと相談、だな。」
佐祐理「相談ですか?」

祐一「もうすぐ、舞の誕生日だろ。」
佐祐理「あ・・・・。」

祐一「誕生会とかプレゼントのことでさ・・・。」
佐祐理「あの、今年は誕生会、やらないんです・・。」

祐一「は?」
佐祐理「舞の希望で・・・。」

誕生日を祝わないことを宣言した舞。それは、去年の暮れのことだった。
一年で偏差値が24もアップした舞。第一志望の県大は合格間違いなしと思っていた。
だから、センター後の1月末はちょっとぐらい気を抜いてもいいんじゃない?
そういうと、舞は毅然と言い放った。
「気を抜いて、佐祐理や祐一といられなくなるのはいやだから。」

祐一「・・・・・・・・。」
佐祐理「舞にこんな風に言われたら、立つ瀬がないですねーっ」

祐一「どうしよう、俺県大D判定だったなんて、言えない・・・。」
佐祐理「だ、大丈夫ですよーっ。D判定でも、35%の可能性はあるんですから・・・。」

「・・・並3つ。」

いつの間にか、牛丼屋に着いてしまっていた。

祐一「しかも、速攻注文出されてるし・・・・・」


その日以来、祐一さんは人が変わったように勉強しまくった・・・・ふりをしていたらしい。

祐一「形から入るのが俺流なんだ。」
名雪「今さら形云々言っている余裕があるの?」

もちろん、佐祐理も頑張った。
舞も、きっと気を抜かずに頑張っているのだろう。

2月。

上旬。
私大受験。

中旬。
結果通知。

合格。

祐一さんは不合格。

祐一「くっそー、相沢祐一をなめんなよぉっ!」

ちなみに舞は、県大一本。
私大は受かっても行く気など無いから、最初から受けないのだろう。

下旬。
県大前期日程2次試験。

祐一「おーし、今日の俺は快調!これまでにない力が沸き上がってくるのを感じる!いける、今日の俺ならいけるぞお!」

受験会場で、祐一さんが一人叫んでいる。
きっと徹夜明けなんだろう。試験日前に徹夜なんてするものじゃないんですけどね。

「・・・祐一。」

そんな祐一さんに、舞が声をかける。

祐一「ん、なんだ舞。今日の俺はひと味違うぞ。ビクトリー相沢とでも呼んでくれ。」
「・・・気分、落ち着けて。」

そういって舞が差し出したのは、缶入りのお茶と煎餅だった。

祐一「なんだ?これを今から喰えってか?」
「・・・祐一には、差し入ればかりしてもらってたから。」

祐一「今俺に差し入れしてくれるってか?しかし、今ここで煎餅喰うのは・・・・。」

ぼりっ

祐一「て、速攻喰ってるし!」

ぼりぼり

祐一「・・・しゃあない、俺も喰ってやるよ。」

ぼりぼりぼりぼりぼりぼり

二人が煎餅をかじる音。緊張感漂う受験会場に、その音はあまりにも不似合いだった。
当然、二人は群衆の注目を浴びる。

「・・佐祐理も食べる?」
佐祐理「あはは・・・じゃあ、いただこうかな。」

この状況下、わざわざ輪の中に入っていく自分も大したやつだなと思う。

祐一「おーい、香里ぃ。こっち来て煎餅くわんか?」
香里「遠慮しとくわ。」

確かに、それが普通の反応だろう。
奇異なものを見るかのような会場中の視線。
いや、実際奇異だろう。

祐一「なんか周りの奴ら、すっかり動揺してるぞ。ほら、あそこでスポーツ新聞読んでたやつなんか、肩ふるわせてるぜ。」

祐一さんはすっかり落ち着きを取り戻したらしい。
なるほど舞、偏差値だけじゃなく、祐一さんの操作術も上げたね。

「・・・もう無い。」
祐一「さすがに三人で喰うと、あっという間だなあ・・・・。」


3月。
国公立前期日程合格発表。

張り出された掲示板のまえで、驚喜する三人の姿。
それはもちろん、舞と祐一さん、それに佐祐理だ。

祐一「えい、えい、えい!」

調子に乗った祐一さんが舞をどつきまわしている。
それにチョップで応戦する舞。

佐祐理「こんなところでストリートファイトしてたら、迷惑ですよーっ」

祐一「よし、この一発で最後だ!」

双方相打ちとなったところで、終了した。

佐祐理「このあと、祝勝会でもしませんか?」

大学からの帰り道、そう提案してみる。

祐一「お、いいねえ。場所は?」
佐祐理「佐祐理の家で。」

祐一「OK。そういえば俺、佐祐理さんの家行くの初めてだよ。」
佐祐理「場所、解ります?」

祐一「うんにゃ」
佐祐理「じゃあ、あとで迎えに行きますよ。待ち合わせどこにします?」

祐一さんとの待ち合わせ場所を決めたあと、そっと耳打ちする。

佐祐理「少し早めに来てもらえません?ちょっと寄りたいところがあるので。」
 

三人「かんぱーい!」

三人の合格を祝して、祝杯を挙げる。

祐一「なんか、急ごしらえにしては念入りに準備してある気がするんですけど。」
佐祐理「急ごしらえじゃないですよ。あらかじめ準備してあったんです。」

祐一「合格も決まらないうちから?」
佐祐理「三人とも合格するって、信じてましたから。」

祐一「いやあ、俺はほんとにどうなるか解らなかったぞ。D判定だったし。」
「・・・でも、祐一はよくやった。」

祐一「そうだな。いや、ある意味舞のおかげかな・・・。」

祐一さんが目配せしてくる。いい頃合いだろう。

佐祐理「舞、ちょっと待ってて。」
「・・・・?」

佐祐理「さあ舞、これは佐祐理と祐一さんからのお祝いだよーっ」
「・・・・・。」

祐一「プレゼントだ。」
「・・・どうして。」

祐一「それは、今日の祝勝会が舞の誕生会を兼ねているからだ。」
「・・・一ヶ月以上過ぎてる。」

佐祐理「うん、ずいぶん経っちゃったけど。でも、改めて、おめでとう、舞。」
祐一「これでようやく、酒もたばこも解禁だな。」

佐祐理「まだ一年早いですよーっ」
祐一「そうだったか・・・?」

「・・・・・。」

佐祐理「・・まい?」

「・・・ありがとう。」

祐一「なんだよ、もっと感激して涙見せるとか、しろよぉ」
「・・・・・。」

目元をぐりぐりやっている舞。

祐一「あ、いや、無理に泣かなくても・・・・。」
「・・・そう。」

佐祐理「あははーっ、なんだか、いつの舞に戻った感じだね」
「・・・・・?」

佐祐理「だって舞、この一年間なんだかすごくしっかりしちゃった感じしてたから・・・。」
「・・・しっかりしたらダメなの?」

佐祐理「ううん、そんなこと無いよ。でも、前みたいな舞が戻ってきたのは、やっぱり嬉しいなーっと。」

「・・・試験は終わったから。」

祐一「そうか。」

そう、試験は終わった。きっとこれから、楽しい学園生活が待っているだろう。
また以前のように、舞と、祐一さんと、佐祐理と、三人の・・・。
ううん、以前のように、では無いだろう。三人とも、あれから少なからず成長しているのだから。
きっと、今までとは違った、新しい楽しさがあるのではないだろうか。
さしずめ今日は、そんな新しい日々の始まり。
だから、改めて。

佐祐理「おめでとう、舞。」
 
 

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