校舎の角を折れたところで、香里を見つけた。
祐一「香里・・・・。」
沈鬱な表情をしていた香里。だが俺の声に、咄嗟にその表情を造り替える。
香里「相沢君。どうしたの?深刻な顔して。」
祐一「大丈夫か香里。何かあったんじゃないか?」
香里「何かって、なに?」
平然と言い放つ香里。
その表情だけを見れば、なにもなかったと素直に信じ込んでしまうところだろう。
だが、俺は知っている。
香里が演技派だということを。
祐一「実際なにがあったのかは、訊かない。だけどこれだけは答えてくれ。何かがあったのか、無かったのか。」
香里「・・・相沢君にはかなわないわね。」
やはり何かあったらしい。
だが、その何かがわからない。
祐一「・・・・・・。」
訊かないと言ってしまった以上、それ以上のことを俺から訊くわけにはいかなかった。
香里「・・・みんなには、黙っていて。」
それが香里の返答だった。
祐一「・・・わかった。」
そう答えるしかなかった。
授業の行われていない教室。そこに屯する数名の学生。
その中に、佐祐理さんの姿もあった。
香里「佐祐理さん。」
佐祐理「香里さん。ちょうどよかった、この数式が解けなくて困ってたんですよーっ」
香里「ああ、これはね・・・・」
なんの気兼ねもなく話してくる佐祐理さん。
あたしと彼女の関係は、もうそういう間柄なのだ。
香里「佐祐理さん。」
そんな彼女に、あたしは問いかける。
香里「あの事件のこと、どう思ってる?」
佐祐理「・・・・。」
酷な質問だ。それを承知で訊いている。
佐祐理「・・・みんなに迷惑かけて申し訳ないと思ってます・・・・」
香里「そう言うと思ったわ・・・。」
香里「でも、あたしのことに関しては、そういう心配はしないで。」
佐祐理「ふぇ?」
香里「きっと、あたしの方があなたを傷つけることになるだろうから・・・・。」
佐祐理「でも、あの言葉がどうでもいいこととは思えません。」
祐一「そうだな。」
舞「・・・祐一、何か心当たりはないの。」
祐一「ないでもないが・・・・。」
言うなと言われている。
いや、たとえその約束を反故にしたところで、実際何も言うことなど無い。
何があったのかは知らされていないのだから。
佐祐理「・・・ごめんなさい。」
祐一「え?」
佐祐理「佐祐理の所為で、おかしな事になってしまって・・・・。」
祐一「それは違うと、何度も言ってるだろっ」
舞「・・・違う。」
祐一「ほら、舞もこう言ってるし。な。気にすんなって。」
佐祐理「・・・・・・。」
祐一「ま、香里には俺の方からそれとなく聞いておくよ。たぶん、大したことじゃないぜ。」
名雪「・・・祐一、どうしたの?難しい顔して。」
祐一「ん?あ、ああ。」
香里のこと。佐祐理さんのこと。自治会連中のこと。
そういういろんな事が複雑に絡み合って、俺の思考をぐちゃぐちゃにしていた。
難しい顔にもなるだろう。
名雪「何か困ったことがあるなら、相談に乗るよ?」
祐一「・・・・ああ。」
そうだ。香里のことは名雪を通した方がいいかもしれない。
俺が直接訊くよりも、親友の名雪から訊いた方が・・・
いや、だめだ。
連中が佐祐理さんの交友関係をどこまで把握しているかわからない以上、できるだけ無関係な人間は関わらせない方がいい。
名雪と佐祐理さんは学部も違うし、同じ高校の出身というだけで、俺を通した以外の関係はないのだ。
名雪を巻き込むべきじゃない。
祐一「いやなに、レポートをどう片づけようか悩んでいただけさ。」
名雪「・・・そう。」
たぶん納得していないだろう。
だけど、話すわけにはいかない。
祐一「よし、悩むより行動。今から片づけてくる。」
名雪「え?!食事途中なのに・・・」
訝しがる名雪を後目に、俺は自分の部屋に引きこもった。