Campus Kanon



朝。
その日、俺は早く目が覚めた。時計を見ると、まだ4時だ。

祐一「もう一眠りするか・・・・。」

ふと外に目をやると、雨は降っていなかった。
夜には降ったので、枝葉に滴が落ちている。

 

俺は、外に出ていた。
祐一「何で俺は、こんな時間に散歩しようなどと考えたのだろう・・・。」

眠い。
普段なら、目が覚めても二度寝する時間だ。

祐一「やっぱり、帰って寝よう・・・。」

そう思った俺の視界に、自転車で疾駆する少女の姿が映った。

祐一「よお舞、おはよう。」
「・・・おはよう。」

祐一「勤務中か?」
「・・・・・(こくり)」

祐一「そうか。」

舞は新聞配達のバイトをしている。これで、生活費と学費を稼いでいる。大した奴だ。
そんな舞に、俺は励ましの言葉の一つもかけたくなった。

祐一「おい、労働者諸君。毎朝の勤務ご苦労・・・・」
「・・・私しかいない。」

祐一「いや、諸君というのは言葉の綾で・・というか、今のはとある名台詞からの引用なんだが・・・。」
「・・・知らない。」

う〜ん、最近の若い者は、車寅二郎を知らないのだろうか。まったくこれだから・・・
て、舞は俺より年上なんじゃないか。

祐一「俺より年上なくせに寅さんを知らないなんて、不見識だそ。」
「・・・祐一がじじむさいだけ。」

が〜ん。

じじむさいまで言われてしまっては、かえす言葉はない。
俺は何も言わず、とぼとぼと舞の後をついていった。

・・・つもりだった。が。
祐一「待ってくれ、舞っ!」

気がつくと、舞の姿は遙か彼方にあった。

祐一「お前・・・・・早い・・・・・・・。」
「・・・自転車だから。」

祐一「いや、そう思って俺もそれなりに早足で歩いてたつもりなんだが・・・。」

「・・・時間までに配らないといけないから。」
祐一「そうか。」

俺なんか朝刊は夜読むもんだと思っているが、中には朝の五時くらいに門の前で待ちかまえていて、新聞青年に「遅いっ!」と怒鳴りつけるのを趣味としているオヤジもいるらしいからな。

祐一「そんな早く配らなきゃいけないんだったら、原付とか使った方がいいんじゃないのか?無いのか販売店に。」
「・・・自転車のほうが早い。」

確かに。舞の脚力なら、そういうこともあるかもしれない。

「・・・祐一、ちょっと待ってて。」
祐一「・・・え?」

ばびゅぅっっ

祐一「・・・・あ?」

気がつくと舞の姿は、地平線の彼方に消えていた。
祐一「て言うか・・・上り坂をあのスピードで走るか・・・・。」

「・・ただいま。」
祐一「お帰り。なんで急に一人で。」

「・・・・一軒だけ、離れてる場所があるから。」
祐一「この辺住宅街だぞ。」

「・・・ここから32軒、全部よその新聞。」
祐一「・・・そうか。で、今日はこれで終わりか?」

舞がかぶりを振る。
「・・一軒、変な新聞取ってる家があるから。」
祐一「変な新聞?」

「忘れないように、いつも最後に残しておくの。」
祐一「なんだよその変な新聞って。」

舞が、新聞をこっちにやる。

祐一「・・・って、1紙じゃないのかよ。」
「・・・6紙。」

祐一「新聞ってそんなにでてるのかよ・・・。電波新聞?いかにも怪しい名前だな。」
「・・・怪しくない。」

祐一「読むと一日寿命が縮まるんじゃないのか?」
「・・・それは恐怖新聞。」

祐一「そうだったか?まあいいや。で、他には」

「・・・・・。」
祐一「日本農業新聞。日本海事新聞。なんだよこれ、なんのためにこんなの取ってるんだ?」

「・・・さあ。」
祐一「どうせ、定年退職してくそ暇なオヤジとかが読んでるんだろうな・・・。あ、英字新聞もある。」

「・・・ここ。」
祐一「ここか。表札見てやれ・・・水瀬。って、ここ俺の家じゃないかぁ!」

「・・・・そうなの。」
祐一「ま、まて。なんだその奇異なものを見るような目は。」

「・・・祐一、こういうもの読むのが趣味なの?」
祐一「ち、違う。断じて違う。俺が好きなのはどっちかというとというと中京スポーツの裏面記事とか・・・。」

「・・・・・。」
祐一「いや、そうじゃなくて。前言撤回。というか、この新聞の山を取ってるのは俺じゃない。秋子さんだ。だからっ」

秋子「あらあら、騒がしいと思ったら、祐一さんが朝刊取りに行ってくれてたの?」
「・・・おはようございます。」

秋子「毎朝ご苦労様。」
「・・・はい。」

舞はそのまま去っていった。

祐一「・・・秋子さん。」
秋子「はい?」

祐一「この新聞・・・どうするんですか?」
秋子「読むんですよ。新聞は読むためのものですから。」

祐一「・・・秋子さんが?」
秋子「ええ。」

祐一「なんのために。」
秋子「それは、企業秘密です。」

祐一「・・・・・・・。」

俺は何となく怖くなって、それ以上追求しないことにした。
 


「・・祐一、これ。」
祐一「あ、なんだこれ?」

「・・・購読申込書。」
祐一「・・・なんの。」

「・・・中京スポーツ。」
祐一「中京スポーツ。て、お前、これはどういう意味?」

「・・・祐一、取るんじゃないの?」
佐祐理「ふぇーっ。祐一さん、中京スポーツ取るんですかぁ?」

祐一「いや、それは・・・。舞、どういうつもりだ。」
「・・・ありがとう。」

祐一「ありがとうって・・・・。」
「・・・契約取ると、報奨金出るから。」

佐祐理「あ、そうなんですね。それで祐一さん、舞のためにわざわざ。」
香里「でも、そこで『中京スポーツ』ってのが相沢君らしいわね。」

佐祐理「ふえ?中京スポーツって、なんか曰く付きなんですかぁ?」
香里「ちょっと、ね。少なくともあたしは読まないわ。」

佐祐理「そうなんですかーっ。でも、祐一さんはやっぱり舞のためにとるんですよねーっ?」
祐一「いや、待ってくれ。俺は取るなんて一言も・・・」

ぺったん。

祐一「あーっ、舞っ、人の印鑑勝手に・・・」
香里「印章は無闇に持ち歩いたりしないものよ。」

「・・・明後日から入るから。」
佐祐理「良かったね、舞。」
祐一「う〜っ、名雪になんて説明すればいいんだ・・・」
香里「大丈夫よ。名雪ならきっと気にしないわ。」

「・・・祐一、感謝。」

一応感謝しているらしい。いや、きっと心の中ではとても感謝しているのだろう。
それにしても、この強引さ。つくづくたくましい奴だ。
伊達に18年間戦い続けてきたわけじゃないな、そう思いながら俺は、頭を抱えるのだった。
 
 


戻る