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事件が新聞で報道されてから、一週間が過ぎていた。
一億二千万余の人口を抱えるこの国では、新聞に載る記事には事欠かない。倉田議員に関する贈賄疑惑の記事は、あのあとさほど大きく報道されることもなかった。そして。
佐祐理「おはようございますーっ。」
祐一「おはよ」
香里「おはよう。」
舞「・・・おはよう」
佐祐理さんは、既に何事もなかったかのように登校してきていた。
祐一「何か一波乱起こるかなと思ったけど、杞憂だったみたいだな。」
香里「少なくともあたしたちの周りでそんなこと起こるわけないでしょ。秘書が妻が、ってのはあったけど、娘が収賄に絡んでいたって話は聞かないもの。」
祐一「そうだよな。」
その日までは、そう思っていた。何事もない、平穏な大学生活が続くと信じて疑わなかった。
だが。
翌日。登校した俺は、正門から続く大通りで、アジテーションをしている連中を見た。
「・・・・・かのような汚職議員の存在は、まさに現在日本の腐敗の投影、堕落の象徴である。これはひとえに、米国から押しつけられた憲法と、その元で実施された戦後民主主義教育の産物である・・・・・」
祐一「なんじゃありゃ。」
新濃「自治会だよ。」
祐一「・・・貴様か。で、自治会ってのは、この大学のか?」
新濃「正確には、このキャンパスの、だな。福祉学部だけは別組織だからな。」
祐一「自治会なんてあったんだな。あ、そう言えば、会費払えとか言う封書が来てたような気もするな。」
新濃「払ったのか?」
祐一「誰が払うか。」
新濃「それでいい。」
祐一「・・・・?」
「・・・この事件は、決して我々県大生にとっても無縁ではない。事件の舞台が県の事業にあり、この大学が県立大学であるというのも理由ではある。だが、それ以外にも、我々には看過できない事実があるのだ・・・」
祐一「でも自治会って、生徒会みたいなもんだろ?こんな政治活動まがいのこともするのか。」
新濃「大学の自治会は、大半が何らかの政治組織の傀儡だからな。」
祐一「そうなのか・・・。」
新濃「ま、ここの自治会は、ちょっとだけ事情が違うけどな・・・。」
「・・・諸君は知っているだろうか、この大学には、かの疑惑議員の娘が在籍していると言うことを!」
祐一「・・・ん?!」
「確かに、彼女自身は贈収賄に関わっているわけではないだろう。だが、彼女の父親が社会規範から逸脱する行為をしたことに対し、娘として何らかの誠意を見せるのが筋と言うものではないだろうか?」
祐一「なんだと?!」
「だが彼女は、何らの反省の色を見せることもなく、何事もなかったかのように悠々と登校し、当たり前のように一般学生と一緒に授業を受けたりしているのだ!」
祐一「・・・・・・。」
「我々は、全学生の代表として問う、倉田嬢、あなたは汚職議員の娘として、何らかの社会的責任をとる用意があるのか、誠意を見せる腹づもりがあるのか・・・・」
祐一「くっそ、あいつらっ!」
新濃「今はよせ。」
拳を握って走り出そうとする俺を、部長が後ろから引き留めた。
祐一「放してくれ、佐祐理さんは・・・・」
新濃「いいから、今は抑えろ。」
祐一「どういうことなんだあれは、え?あんたは、何で止めたんだよ!」
郷土研究部の部室で、俺は部長に詰め寄っていた。
佐祐理「祐一さん、落ち着いてください・・・。」
祐一「だけど、だけどよっ」
新濃「冷静になれ。君一人が熱くなっても、奴らには勝てんぞ。」
祐一「あんたはいいよな、無関係な人間はどんなこと言っても・・・」
ばしゃっ
祐一「★????!!!」
舞「・・・祐一、落ち着く。」
舞にバケツで水を浴びせられた俺は、とりあえず呆然とするしかなかった。
香里「相沢君が落ち着いたところで、じっくり対策を考えましょうか。佐祐理さんを中傷から守るための。」
名雪「じっくり考えてる余裕なんて、あるの?」
新濃「幸い、あの演説の中には、倉田さんのフルネームは出なかった。だから、今すぐ一般学生から後ろ指を指されることはないと思う。」
佐祐理「お父様のことは、他の人には話してないですからね・・・。」
舞「・・・でも、時間の問題。」
香里「それに、あんなアジ演説までして佐祐理さんを攻撃したのよ。あれだけで済むとは思えないわ。」
北川「じゃあ、やっぱり急いで対策たてないと。」
香里「そうね。でも下手に動けば、逆に佐祐理さんを晒し者にすることにもなりかねないし・・・。」
名雪「だいたい、何で自治会の人たちこんな事するの?そりゃ、疑惑が理由だろうけど・・・。」
新濃「疑惑、か。確かに疑惑は要因の一つだな。但し、理由ではなく、手段としてだろうがな・・・。」
北川「手段?」
香里「ずいぶんと込み入った話になりそうね。」
舞「・・・ここ、暑い。」
名雪「そりゃ、こんな狭い部屋に7人もいるから・・・。」
新濃「7人も部員が集まるなんて、感激だなぁ・・・。」
香里「こんな時に冗談はよして。」
俺は沈黙していた。騒ぎの背景も理解できていなかったし、佐祐理さんを守る方法も思いつかなかったからだ。