Campus Kanon




 季節は五月。風が心地よい季節だ。
五月の頭には連休があった。例の変態部長は「企画第一弾として、合宿しよう」などと言い出したが、幸い香里が反対してくれたので却下になった。この件に限らず、自分と部長が意見の一致を見ることはまず無いので、香里の意見が決定を左右することになる。つまり、既にこのサークルの主導権は香里が握っているのだ。

 連休は、何もせず過ごした。休みの日はただ無為に過ごすのが、昔からの俺流なのだ。

 そして、休みが開ける。日本特有の精神性流行症「五月病」が流行るのも、この時期である。

祐一「名雪、お前は五月病か?」
名雪「うにゅ?わたしちゅーしゃへーきだよ。」

名雪は五月病とは無縁らしい。

周りを見渡すと、五月病と縁のありそうな奴は、一人もいない。

北川「お前が一番なりやすそうなんだよ。」

そうだったのか・・・。
しかし、何で俺が五月病になりやすそうなんだ?自慢じゃないが、生まれてこの方マザコン化もホームシックも経験したことはないのだが・・・。

その夜。

祐一「名雪、夕飯は?」
名雪「え?今日は祐一が作るんだよ。」

祐一「何、そんなことは初耳だぞ。」
名雪「初耳でも祐一が作るの。」

祐一「何故だ。理由を聞こうじゃないか。」
名雪「これからの男は、料理もできないとダメなんだよ。」

祐一「誰だ、そんなこと言ったのは。」
名雪「お母さん。」

祐一「・・・・・・。」
名雪「さ、祐一。作ってね☆。」

祐一「・・・何をどうやって?」
名雪「何がいい?」

祐一「何にもできないぞ、俺は。」
名雪「だから、今回はわたしがサポートするよ。一つづつ、作れるようになろう。」

祐一「う、う〜ん・・・。」
名雪「ふぁいとっ、だよっ。」

ということで、俺は名雪に夕食を作らされていた。
そして、悪戦苦闘の末、名雪が作った(というのが適切であろう)夕食ができあがる頃。

コンコン

祐一「今宵は風が強い・・。」
名雪「違うよ祐一。きっとお客さんだよ。」

祐一「こんな時間にやってくるなんて、非常識な客だ。」
名雪「まだ七時だよ。」

祐一「あと一時間でお前は寝るんだろうが。」
名雪「一時間じゃないよ。二時間だもん。」

祐一「対して変わらんっ」
名雪「う〜。」

不満そうな名雪を残して、来客の応対に行く。

「・・・・・・・・・。」
祐一「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
祐一「・・・・・・。」

名雪「どうしたの祐一?誰?」

応客にいったのに声がしないものだから、名雪が様子を見に来てしまった。

名雪「わっ、川澄先輩。どうしたんですかこんな夜中に。」
「・・・夜中じゃない。」
祐一「いや、一応夜は夜だぞ。」

「・・・それに、先輩でもない。」
名雪「そ、そうでしたね。」

祐一「で、何のようだ?」
「・・・用はない。」

祐一「じゃあ、帰れ。」
「・・・・・・・・・。」

名雪「祐一、それってかなりひどいよ。」
祐一「わかってる。冗談だからな、舞?」
「・・・・・・・。」

舞が、すねたような顔をしている。

祐一「怒ってるか、舞?」
「・・・怒ってはいない。」

祐一「そうか。」
名雪「ね、祐一。あがってもらったら?」

祐一「そうだな。」
 
 

祐一「で、ほんとに何しに来たんだ?」
「・・・何もない。」

祐一「何もないのに来たのか?!」
「・・・来てもいいと言った。」

祐一「そりゃそうだけどさ・・。」
名雪「ね、もしかして、倉田先輩・・じゃない、倉田さんと待ち合わせですか?」
「・・・佐祐理は、今日お父さんの用事。」

祐一「そんなことを聞いたような気もするな。・・・もしかして、一人だと寂しいから来たのか?」
「・・・・・・・・・。」

祐一「ああもう、だったらあらかじめ言ってくれても・・。まあ、いいんだけどさ。」
名雪「じゃあ、今日はどうやって帰るんですか?」
「・・・考えてない。」

名雪「だったら、いっそ泊まっちゃっていったらどうです?学校近いし。」
祐一「待て名雪、舞は新聞配達の仕事が・・・。」
「・・・明日は休み。」

祐一「休刊日だったか?」
「・・・週休。」

祐一「新聞配達にも、週休あるのか・・・。」

考えてみれば、当然かも知れない。

名雪「じゃあ、きまりだねっ」
祐一「あ、そうだ。舞、メシ喰ったか?」
「・・・まだ。」

祐一「じゃあさ、今作ったとこなんだよ。一緒に喰おう。」
名雪「祐一が作ったんだよ。」
「・・・祐一が?」

祐一「いや、実質的に名雪が作ったものだ。大丈夫だ、問題はない。」
「・・・そう。」
名雪「祐一も、がんばったよ。」

祐一「まあ、な。」
 
 
 

食事を済ませると、もう八時だった。

祐一「名雪、お休み。」
名雪「う〜、まだ寝ないよ〜。」

祐一「無理するな。」
名雪「せっかく川澄さんが来てくれたんだから、まだ起きてるよ。」

「・・・わたしはかまわない。」
名雪「かまうよ。いろいろ話聞きたいもん。」

祐一「しょうがないなァ。今更俺から、何を聞き出そうってんだい?」
名雪「祐一じゃないよ。川澄さんだよ。」

「・・・何を話せばいいの?」
祐一「そうだな、まずは、毎晩佐祐理さんとどんなことをして楽しんでいるのか・・・」

「・・・一緒に帰ってる。」
祐一「いや、そういうことを訊きたいんじゃなくて・・・。」

こうして、三人でたわいのない話をして過ごした。
 
 

名雪「わ、もう九時過ぎてるよ。」
祐一「どうりで眠いと思った、か?。」

名雪「すごい、どうしてわかるの?」
祐一「天性の感、って奴だ。」

「・・・祐一に、そんなのがあるの?」
祐一「いや。実際は、名雪はいつも九時に寝るからというだけだ。」

「・・・そう。」
名雪「川澄さんは、いつも何時に寝るんですか?」

「・・・九時。」
名雪「わ、じゃあ、わたしと同じだね。」
祐一「待て、名雪と舞を一緒にするな。舞は三時に起きるから寝るのが早いだけだぞ。」

名雪「そうかな?やっぱり、九時に寝るのは基本だと思うよ。」
「・・・・・・・・・。」

俺は苦笑せざるをえなかった。高校時代の舞は、それこそもっともっと遅くまで起きていたのだろうから。

名雪「川澄さん、じゃあ、一緒に寝ようか。」
祐一「名雪と舞が・・・一緒に・・・寝る・・・・。」

名雪「祐一、覗いちゃダメだよ。」
祐一「・・・いいや、覗いてやる。絶ッ対覗いてやるゥ!」

名雪「女の子の寝姿覗くなんて、変態、だよ。」
祐一「いや冗談だ。」

名雪「じゃあ、川澄さん。どうします?」
「・・・私は、もう少し祐一と話していたい。」
祐一「そうだな。配達休みなんだから、九時に寝る理由はないよな。」

名雪「・・・そう。じゃあ、先に寝るから。」
「・・・おやすみなさい。」

祐一「おやすみ。」
 
 

さて、舞と二人きりにはなった(隣で名雪が寝ているが)。
が、今更改まって舞と話すことなど、そう無い気がする。それは舞も同じらしい。お互い無言のまま、時が過ぎてゆく。

祐一「・・・なんか俺達、恥ずかしがってる恋人同士みたいと思わないか?」
「・・・思わない。」

祐一「あ、そう。」

・・・・・・・・・・。

祐一「なあ、しりとりしようか?」
「・・・非生産的。」

祐一「そうだな。」

妙なところで成長してやがる。

・・・・・・・・・・。

祐一「なあ、舞。佐祐理さんって、何で浪人したの?」
「・・・・・?」

祐一「いやさ、佐祐理さんって、なんか浪人するってイメージ無かったし・・・。」
「・・・聞いてないの。」

祐一「何を?」
「・・・そう。」

祐一「だから何を」
「・・・私も聞いてない。」

祐一「・・・なんじゃそりゃ。」
「・・・私も、佐祐理が浪人したのは意外だった。だから佐祐理に訊いた、『何で浪人したの』って。」

祐一「で?」
「・・・『佐祐理は頭の悪い子ですから。あははーっ。』て。」

祐一「俺の時と同じだ。て言うか、いつもそれではぐらかされてる気がする・・・。」
「・・・佐祐理だったら、私立でも行けたのに・・・。」

祐一「そりゃあ、・・・。」

舞と一緒の大学に行きたかったからだからさ、と言おうとして、思いとどまった。こんな事を言ったら、また舞は変に気にするかも知れない。

「・・・何?」
祐一「・・・いや、私立はお金かかるじゃないか。」

「・・・そう。」

納得はしていないようだったが、舞はそれ以上追求してこなかった。

祐一「・・なあ、舞。」
「・・・何?」

祐一「俺達、一緒の大学に来れて良かったな。」

舞は返事をする代わりに、こくりと頷いて見せた。
 
 


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