Campus Kanon


その3:学生の標準

祐一 「なあ、舞。おまえは、サークルに入るとか、しないのか?」

最初の授業が終わったあと、俺は隣にいる舞に話しかけた。

「・・・しない。」

祐一「そうか。」

「・・・祐一は?」

祐一「俺か?俺は、郷土研究部というところに・・・。」

「・・・・何それ。何でそんなとこ入ったの。」

祐一「それは・・・・。」

 怪しい部長と香里にはめられたからだ、と言おうとして、やめた。前に座っていた香里が、こっちを見て笑っていたからだ。香里を怒らせると怖い、何となくそういう気がする。多分殴られることはない。しかし、香里の性格および頭脳からして、予想もつかない巧妙かつ精神的打撃の多い方法で俺をいたぶってくるだろう。もしかしたら、今回郷土研究部に入れられたのだって、なんかの復讐ではないだろうか、とすら思う。身の覚えはないが。

祐一「ちょっと、伝承とかに興味があってね。ははははは。」

「・・・・・・・。」

ウソだと思われただろうか。全くウソってわけでもないんだけどな・・。

香里「ね、川澄さんも、入らない?」

「・・・嫌です。」

佐祐理「あははーっ。舞は、文化系よりも、体育会系ですよねーっ。」

香里「ふうん。そうなんだ。」

確かに、あの運動神経を見れば、体育会系向きであることは間違いない。剣道部か体操部にでも入れば、全国大会出場だって夢ではないだろう。

香里「じゃあ、倉田さん入りませんか?」

佐祐理「あははーっ。考えておきますねーっ。」

 舞と佐祐理さんは、高校の頃は俺達よりいっこ上の学年だった。その所為か、名雪や北川は今でも「先輩」をつけて呼んでしまう。そのたびに佐祐理さんから「先輩じゃないですよーっ。同じ学年でしょーっ。」と突っ込まれるのだが、なかなか抜けるものではない。しかし香里だけは、もう「さん」付けで呼んでいる。もう先輩ではなく同級生だと思っているのか、それとも相手の心境を巧にくみ取っているのか。どちらにしても、大した人だと思う。

祐一「にしても舞、ほんとになんかやる気はないのか?」

「・・・禁止されてる。」

祐一「禁止?誰に。」

「・・・奨学会。」

祐一「奨学会?新聞配達の、あれのことか?」

舞が、こくりと頷く。

 舞の家は母子家庭だ。生活は決して豊かではない。だが、県立とは言え大学の学費は馬鹿にならない。しかも舞は、浪人し、予備校まで通っている。もしかして、佐祐理さんに出してもらったのだろうか。そう思って佐祐理さんに訊くと、

「あははーっ。舞は新聞配達してるんですよーっ。新聞社の制度で、奨学金が出るんだそうですよーっ。」

と、一瞬で否定されてしまい、俺は恥ずかしい思いをしたものだ。

祐一「でも、何で禁止なんだよ。宗教とか絡むことがあるからか?」

「夕刊が配れなるから。」

祐一「日曜は夕刊無いだろ。何も毎日でなくても・・・」

「でも、規則だから。」

そんなの、ばれなきゃいいだろ、と言おうと思ってやめた。万が一ばれれば、舞は大学に通えなくなるのだ。

香里「でも新聞配達なんて、偉いよね。朝早いんでしょ?」

「・・・三時起き。」

祐一「ぐぁ・・・。俺そのころ、夢の世界で楽しんでるぜ・・・」

佐祐理「どんな夢ですかー?」

祐一「それは訊かないでくれ・・・。」

香里「どうせ、えっちな夢でも見てるんでしょ。」

佐祐理「もう、祐一さんったら・・・」

祐一「いやそれは・・・何でそうなる。」

「・・・祐一、助平。」

祐一「舞まで・・・何だよ、みんなして俺のこといじめて・・・。」



帰り道。

祐一「舞は新聞配達してるし、香里も家庭教師やるって言ってたよな。佐祐理さんもなんかやるみたいなこと言ってたし。」

名雪「北川君も、塾講師やるらしいよ。」

祐一「みんなバイトやってるんだよな・・・。俺も、なんかやった方がいいかな・・・。」

名雪「うん。お金はあって困らないしね。祐一、貧乏だしね。」

祐一「でも俺、肉体労働って苦手なんだよな。人に頭下げるのも嫌いだし。」

名雪「だったら、家庭教師やったらいいよ。香里みたいに。」

祐一「俺、教えるのうまくないぞ。」

名雪「そんなこと無いよ。わたし、高校の頃祐一と一緒に勉強したとき、すごくはかどったよ。」

祐一「俺には、名雪の頭ぽかぽか殴った記憶しかないぞ。」

名雪「うん、わたしにもその記憶しかないよ。」

それのどこが教えるのがうまいと思うんだ、と思ったが、言わないでおくことにした。

祐一「家庭教師か・・・。」

名雪「香里は『シュート』ってところに登録したらしいよ。祐一もそうすれば?」

祐一「シュートってあれだろ、家庭教師が生徒誘惑するっていうドラマ仕立てのCMの。」
名雪「そんな内容じゃなかったよ・・・。」

祐一「でもあそこ、すごいボッタクリやるって噂だぞ。」

名雪「誰にそんなこと聞いたの?」

祐一「北川。」

名雪「だったらわからないよ。噂は噂だし・・・。」

祐一「火のないところに煙は立たぬと言うぞ。」

名雪「でも北川君、変な噂信じやすいし・・・。」

祐一 「名雪、もしかしておまえ、ひどいこと言ってるか?」

名雪「そ、そんなことないよ〜。」

そのあと、北川を肴に話を盛り上げながら帰途についた。

 翌日。授業のない時間を見計らって、シュートの事務所へ赴いた。

 シュートは、「学生の学生による学生のための組織」というふれこみで、スタッフも学生がやっている。要するに学生は人件費が安いから使っている、と言う気がしなくもないが。そうすると、あのボッタクリの噂だって、あながち嘘ではないかも知れないぞ。
 と言うことで、契約書の内容について説明するスタッフに訊いてみた。

祐一「ここ、ボッタクルんですか?」

スタッフ「そ、そんなはずありませんっ。わたしたちは、親御さんからいただく料金、家庭教師の方に支払う報酬、我々がいただく手数料、全部適正な価格ですっ!」

祐一「いや、そんなに動揺されなくても・・・。」

スタッフ「あ、コホン・・。いや、ま、わたしたちの商売ってのは、信用第一なんですよ。生徒からも、親御さんからも社会からも信用されていないと、やっていけないんです。ですから、そんなボッタクりなんてやるはずがない。わかりますね?」

祐一「俺って思うんだよな、有権者って愚民だよなあって。」

スタッフ「はあ?」

祐一「世の中で一番信用されてるのってさ、騙してることがばれてない詐欺師だと思わないか?」

スタッフ「あのねえ・・・とにかく、わたしたちは信用が売りの商売ですから。そういう事は、絶対にないんです。あなたも、遅刻するとか、生徒に手を出すとか、そんなことは絶対しないようにして下さい。」

祐一「CMでは、手出してるじゃないですか。」

スタッフ「そんなCM流してませんっ!」

祐一「おかしい。あれは誰が見ても、親に隠れてつきあってる雰囲気だったが・・・。」

スタッフ「(無視)それでですね、この第46条ではですね、・・・・。」

長々と続く契約の説明に、いい加減うんざりしてきた頃。

スタッフ「で、最後ですね、68条。『契約者は、当会に無断で単独若しくは他組織との家庭教師契約を結ぶことを禁ずる。また、勧誘行為も同様とする。』」

祐一「・・・何ですか、それ。憲法違反じゃないですか、その条文?」

スタッフ「何が?」

祐一「よそと契約結んじゃいけないなんて。あんたとこからの仕事が少なかったら、よそと契約したくなることだってあるじゃないか。」

スタッフ「あのねえ。公務員だって普通の民間企業だって、アルバイト禁止してんだよ。それと同じだよ。職務専念義務って奴だ。」

祐一「だったら、学生やってること自体職務専念義務に違反してるじゃないか。」

スタッフ「詭弁だ。学業と職業は違う。」

祐一「ちがわねーよ。それじゃ何か?学業の一環として、家庭教育実習をすれば認められるのか?」

スタッフ「あんたねえ・・・。」

祐一「とにかく、俺はこの条項は認められん。するしないの問題じゃない、俺の良心が許さん。」

スタッフ「だったら、契約しなきゃいいでしょう。」

祐一「ああそうするよ。俺はちっとも困らないからな。」

 
 

香里「・・・・で、机ひっくり返して飛び出してきたわけね。」

祐一「そこまではしてないけど・・・。」

佐祐理「あははーっ。祐一さんらしいですねーっ。」

祐一「だって、あんなの認められるかよ。何が、学生の学生による、だ。」

香里「契約して生徒の紹介だけ受けて、そのまま自主契約に切り替えちゃう人がいるのよ。そういう人を防ぐための条文ね。」

祐一「それにしたって、ボるからだろ?」

香里「まあ、そういう考え方もあるわね。」

「・・・でも祐一、これでバイト無くなった。」

祐一「そうだな・・・。」

佐祐理「でしたら、佐祐理の契約したところなんかどうですかぁー?報酬が低いですけど、良心的ですよーっ。」

祐一「親から取る金額も低いって事か?そんなとこがあるのに、何でシュートがつぶれないんだ?」

香里「資本力の差ね。」

祐一「話聞いてみようかな・・・・。」

佐祐理「じゃあ、後で佐祐理と行きましょう。大丈夫、きっと祐一さんのお気に召しますよーっ。」

祐一「そうですか。済まん香里、おまえ一人を残すことになりそうだ・・・。」

香里「あたしなら大丈夫よ。いずれ自主契約に切り替えるつもりだから。」

祐一「ぐあ・・・。さっき言ってたやつってのは、おまえのことだったのか。」

「・・・でも、契約違反。」

香里「公序良俗に反する契約は、最初から無効なのよ。だから守る必要もないの♪」

祐一「そうなのか・・・?」

佐祐理「裁判になったら大変ですよーっ。」

香里「ならないわ。訴訟を起こしても向こうが勝つとは限らないし、勝っても負けても彼らの信用に傷が付くもの。」

「・・・でも、契約切るかも知れない。」

香里「それこそ願ったりかなったりだわ。向こうから切ってくれれば、こっちは何の気兼ねもなく動けるんだから。」

祐一「親が素直に応じるか?」

香里「そう仕向けるのよ。あたしでなきゃ絶対ダメだ、って思わせるくらいの実績を残してね。」

祐一「・・・香里。おまえって・・・・。」

香里「なあに?」

祐一「・・・・・・・・・・・・すごいな。」

香里「褒めてくれてるのよね。ありがとう。」

俺にも香里並の知識と戦略性があればいいのに。そう思わずにはいられない春のある日だった。


 

その4:栄光の郷土研究部

 その日俺は、郷土研究部の部室にいた。
 意に反して郷土研究部に入ってしまった俺だが、はっきり言ってまじめに部活をやる気など更々ない。 だから香里に、「俺は幽霊部員になるからな」と言ってやったのだ。だが香里は、「そんな事すると羽がはえるわよ」と脅迫し、結局俺をここまで連行してしまったのだ。

新濃「さて、今日はめでたい、本年度第一回目の部会だ。まずは新入部員諸君、歓迎する。」

祐一「ちょっと待て。部会って、俺と香里と、あんたの、3人しかいないじゃないか。他の部員はどうした。」

新濃「・・・他の人たちは全員有休を取っていてね。」

祐一「何で大学のサークルに有給休暇があるんだ。だいいち、ここは給料が出るのか?」

新濃「まあ、そこら辺のことを知りたかったら、精進して部の幹部になることだな。」

祐一「・・・いないんじゃないか?ほんとは。」

新濃「そ、そんなことはない。だいたい、大学のサークルというのは、5人以上が集まらないと作れないものなんだぞ。」

祐一「それこそ俺みたいに脅迫まがいでかき集めて、その後幽霊化したんじゃないのか?」

新濃「失敬な。わたしがいつ君を脅迫したというのだ。」

祐一「しただろ、あんたと香里の二人掛かりで。」

香里「言っていいことと悪いことがあるわよ。」

新濃「まあ、いい。この件に関しては、彼もいずれは解ってくれるだろう。それよりも、部員がいるいないという話だが・・。」

祐一「いないんだろ。」

新濃「それについては、このCDを聴いてもらおう。君たちに渡そうと思っていた、『オリジナル郷土研究部サウンドトラック』だ。」

祐一「ほんとにそんなもの作ってたのか・・・。」

新濃「この中には、部員全員の自己紹介が収められている。もちろん新盤を出すときには、君たちのも入れるつもりだ。」

祐一「恥ずかしいぞ・・・。」

新濃「恥ずかしいかどうかは、聴いてから決めてくれたまえ。」

 そう言って部長は、CDを再生した。

<♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪>

祐一「何だ、この歌は?」

新濃「1トラック目には、我々郷土研究部の部歌が入っている。」

祐一「・・・・なんだか恥ずかしい歌だな。」

新濃「そういわず聴いてくれ。すぐ好きになるから。」

<♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪>

・・・・・・。

<♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪>

・・・・・・・・・。

<♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪>

・・・・・・・・・・・・・・。

長い。

祐一「おい、念のために訊くが、この歌は何番まであるんだ?」

新濃「158番。」

祐一「飛ばせ!」

新濃「最後まで聞かないのか?」

祐一「聞けるか。」

新濃「全く、最近の若い者は、せっかちで困る。」

祐一「せっかちでなくても、158番も聞かねーよ・・・。」

部長がタイトルを先に進める。

新濃「さあ、ここからが部員の自己紹介だ。」

CD「風間トオルです。よろしく。」

祐一「ずいぶん短い自己紹介だな。」

新濃「部員はたくさんいるからな。一人あたりの時間は短くなる。」

祐一「それより、部歌が長すぎるんじゃないか?」

CD「水野亜美です。医学部二年・・・。」

祐一「あれ?ここって医学部あったっけ・・・。」

CD「野比のび太です。一浪四留中・・・。」

祐一「・・・・・・。」

CD「如月ハニーです。」

祐一「おい!」

新濃「なんだ。」

祐一「それはこっちの台詞だ。なんだこれは、これが部員だって言うのか?」

新濃「そうだ。何か文句があるのか?」

祐一「おおありだ。名前が全部アニメの登場人物じゃないか。」

新濃「偶然というのは意外と身近にあったりするものなのだ。」

祐一「四つも五つも重なったりするかっ!奇跡だそんなの。」

香里「奇跡なんて、滅多に起きるもんじゃないわ。」

祐一「そうだ、その通りだ。まがいものだ。お前が作ったんじゃないのか?」

新濃「そ、そんなことはない」

祐一「とにかく、これであんたの言う証拠とやらは無くなったわけだ。」

 
 
 

祐一「やっぱ怪しいぜ、あの部も、部長も。」

香里「そうね、むちゃくちゃ怪しいわね。」

祐一「今からでも遅くない。やめちまおうぜ。」

香里「相沢君。怪しいところにこそ、真実が潜んでいたりするものよ。」

祐一「はあ?」

香里「あたしがどうしてあの部に入ろうと思ったか、わかる?」

祐一「部長に惚れたから。」

香里「今の発言は聞かなかったことにしてあげるわ。」

祐一「・・・感謝します。」

香里「部長があたしを勧誘したとき、こう言ったのよ。 『地球は人類共通の郷土、宇宙は物質共通の郷土。我々の目的は、森羅万象全ての事物の真実を解き明かすこと』 って。」

祐一「クサいと言うか、アホな口説き文句だな・・・。」

香里「あたしはね、真実を知りたいの。真実と向き合いたいの。たとえそれが、どんなことであろうとも。あの日以来、あたしはそう決めたから・・・。」

祐一「・・・そうか。」

香里「こんな部で、真実も何もないって思ってる?」

祐一「ああ。部長があんなだし。」

香里「ふふ。でも、形からはいることも悪くないと思うのよ。口先だけの、言葉からでも。」

祐一「そうかな。」

香里「相沢君。できれば、あたしは、あなたにもつきあって欲しいの。あたしの、真実探しに。」

祐一「何で俺? 北川とか名雪とか、佐祐理さんじゃダメなの?」

香里「ダメって事無いわ。特に佐祐理さんなんか。・・・でも、まずは相沢君なの。」

祐一「なんで?」

香里「ん・・・相沢君、ヘンな人だから。良い意味で。」

祐一「・・・・・・・・。」

香里「褒めてるのよ?」

祐一「・・・ま、いいか。乗りかかった船だ。」

香里「ありがとう。相沢君にはいつも世話になるわね。」

祐一「香里にそんなことを言ってもらえるとは、ありがたいな。」

香里「そう?」

香里は笑った。

半ば騙されて入ったサークルだったが、今後香里と一緒にサークル活動に熱中するのも悪くないかなという気がしてきた。

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