Campus Kanon
 

その2




 入学式を終えた俺は、一人で学内を歩き回っていた。別に、好きこのんで一人になったわけではない。ただはぐれただけのことだ。学部の違う名雪や北川はともかく、香里や舞、佐祐理さんとまではぐれてしまったのは、正直不覚だった。

祐一・・ま、家に帰ればみんないるはずなんだけどな。」

今日は俺の家(正確には俺と名雪の家)で、内輪の入学祝いをすることになっている。本当はそのための買い出しをするために、一度みんなで集まろうという話になっていたのだ。だが、はぐれた以上、それは不可能だ。一度家に帰って、みんなを待つことにしよう。

 入学式の会場である体育館から、裏門に抜ける道を歩く。東京の私学なんかでは、入学式の日は学内の道がサークルの勧誘員で埋め尽くされるらしいが、ここではそういう光景はない。とは言っても、全く勧誘がないわけでもなく、ちらほらとサークルの机を見かけることはできる。高校時代は結局何も部活に入らなかった俺だが、さすがに大学では、何かやってもいいかなという気がないでもない。

勧誘員「・・・そこのあなた、何か深い悩みをお抱えですね?」
祐一「・・・・・。」

なんだか、怪しい新興宗教みたいな勧誘をする奴だ。もっとも、大学のサークルには宗教系のものも少なくないから、気をつけた方がいいとは聞いているが。

勧誘員「深い悩みがないなら、浅い悩みでも結構ですよ。それとも、今は希望に満ちあふれているとか?」
祐一「・・・・・・。」

勧誘員「何でもかまいませんよ。決して損はさせません。我々郷土研究部が責任を持って・・・。」
祐一「・・・郷土研究部?」

その名前に、俺はつい反応してしまった。

勧誘員「はい。郷土研究部。郷土のことについてあること無いこと調べるところです。」

郷土、か・・・。

祐一「それは、伝説とか民話とか、そういうことも含むのか?」
勧誘員「もちろん。何しろ、郷土研究ですから。」

祐一「そうか・・・・。」

高校の頃、俺は一人の少女と出会った。俺のことが憎いといって殴りかかってきたその少女は、俺が昔飼っていたことのある狐だった。自らの命と引き替えにしてまで、俺に会いに来た。天野の話によると、それは何百年も生き続けた、魔力を持つ妖狐と呼ばれる存在で、妖狐が現れた村は災厄に見舞われるという伝承があるらしい。

祐一「なあ、あんた、妖狐って知ってるか?」
勧誘員「よーこ?・・・具志堅ヨーコーですか?」

祐一「・・・なんだその一昔前のCMみたいなボケは・・・。」
勧誘員「申し訳ありません、私は存じません。しかしご安心下さい。我々郷土研究部が誇る膨大な資料群とネットワークを以てすれば、そのような疑問はたちどころに・・・・。」

祐一「そんなにすごい資料があるのか?」

勧誘員「郷土研究部ですから。」
祐一「そうか・・・。」

勧誘員「どうです?私たちの仲間になってみませんか?今なら初回特典として、オリジナル郷土研究部サウンドトラックが・・・・。」
祐一「なんだそれは」

勧誘員「我々郷土研究部のテーマソングや部員の自己紹介などを納めたCDですよ。」
祐一「・・・いらない。」

勧誘員「そうですか?まあ、考えが変わったら、いつでも来てください。初回特典は、今月いっぱい有効ですから。」

そういって、紙切れを渡してきた。部室の場所や、活動日時が書いてある。

祐一「・・・場所はサークル棟・・・の裏の森?!」
勧誘員「サークル棟の部室が足りなくてね、外に追いやられているサークルが多いんですよ。」

祐一「・・・ふーん。」
 
 
 
 

家に戻ると、既にみんな揃っていた。

名雪「祐一、遅い。」
祐一「悪い、ちょっと変な奴に捕まってた。」

佐祐理「宗教ですかーっ?」
祐一「・・・似たようなもんだった。」

香里「で、入ったの?」
祐一「まさか。」

香里「残念。」
祐一「何だよ残念って・・・。」
「・・・・おなかすいた。」
佐祐理「じゃあ、そろそろ食べましょうかーっ」

北川「相沢、おまえ、食べたあとの後かたづけ一人でやれよ。」
祐一「何で俺が」

北川「買い出しさぼったからだ。」
祐一「別にさぼったわけじゃ・・・。」

だが、結局俺一人で片づけをすることになった。覚えてろ北川・・・。


3日後。俺の足はサークル棟に向いていた。
何となく、見るだけ見ておこうという気になったのだ。何故そんな気になったかはわからない。

祐一「・・・ここか?」

サークル棟の裏の森、そこに今にも崩れそうなプレハブの建物が建っていた。

祐一「・・・階段上ったら崩れるんじゃないだろうな?」

その鉄製の階段は錆び付き、踊り場に使われている板は穴が空いていた。

祐一「・・・ここが部室か。」

「ノックは無用」というプレートがかかっている。そういえば、昔そんな番組があったような気もするな。あれの司会者はその後知事になってセクハラしまくったそうだが。

祐一「・・・入ります。」
新濃部長「やあ、君は3日前にあった人だね。私はここの部長の、新濃久里延だ。」

祐一「・・・・あんた、部長だったのか。」

香里「相沢君。あなたもこの部にはいるつもり?」
祐一「香里・・・。何でおまえがここに。」
新濃「美坂さんは、我々の思想に共鳴し、仲間となってくれることになったのだ。」

祐一「そうなのか、香里?!」
香里「ま、そういうことね。」
新濃「美坂さん、彼はあなたの仲間かな?よろしければ、彼も我々の仲間に加わるよう、説得していただけないだろうか。」

香里「そうね。」
祐一「ま、待て香里、おまえは騙されている。こんなやばい、変な奴が部長やってる部なんて、絶対なんかある。」

香里「変なのはあなたも同じよ、相沢君。」
祐一「どういう意味だ。」

新濃「相沢君、か。君とはいい友達になれそうだな。」
祐一「ならん!なれない!なるつもりはない!」

新濃「その三段活用は間違っている。」
香里「相沢君の負けね。」
祐一「勝手に勝負を決めるな!」

香里「負けたからには、正式に入部してもらうわよ。」
祐一「俺は負けてないし、部にはいるつもりもない!」

新濃「相沢君。人には、守らなければならないものがあるのだよ。」
祐一「約束なんかしてないぞ!」
香里「約束じゃない。これは、命令よ。」

・・・こうして俺は、一瞬にして怪しい奴が部長をやってる謎のサークル「郷土研究部」に入ることになってしまった。それにしても、何故香里はこんなところに入る気になったのだろう。

香里「秘密。」
 
 






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