Campus Kanon
17





「おねえちゃん、夏休みも、終わるね。」
香里「ごめんね、あたしはまだ、終わりじゃないの。」

「・・・・・・・。」

香里「でも、夏はもう終わりよね。」
「うん。・・・・だったら、いいよね・・・?」

香里「・・・かまわないわよ。元々あんたが言いだした約束でしょ。」
「そう・・だよね。」


祐一「ぅ〜っ、く〜っ」

名雪「祐一どうしたの?悲鳴あげて。」
祐一「いや、単に伸びをしただけだが・・・。」

名雪「そうなんだ。」

祐一「ちなみに何故伸びをしたかというとだなあ・・・・」
名雪「いいよ、わざわざ説明してくれなくて。」

祐一「いや、説明させてくれ。それが俺の、名雪に対する誠意の表れなんだ。」
名雪「そんなことで誠意示されても、困るよ。」

祐一「我が儘な奴だ。」

名雪「・・・祐一、もしかして暇なの?」
祐一「当たり前だ。夏休みとは言っても、季節はもう夏ではない。こんな残りかすみたいな休日に暇じゃない奴がいたら、お目にかかりたいものだ。」

名雪「北川君はバイトで忙しいって言ってたよ。」
祐一「あいつと俺を一緒にするな。」

名雪「北川君もきっとそう言うよ。」
祐一「烏龍がましいやつめ。」

名雪「烏龍茶今切らしてるんだよ。」
祐一「なんだと!」

名雪「飲みたかったら、買ってきてね。」
祐一「飲みたくない。」

名雪「そんなはず無いよ。きっと飲みたいはずだよ。」
祐一「何でそんなことが言えるんだ。」

名雪「わたしも飲みたいからだよ。」
祐一「・・・お前、買ってきて欲しいなら買ってきてと素直に言えんのか。」

名雪「買ってきて。」
祐一「暑いから嫌だ。」

名雪「季節はもう夏ではない、んでしょ?」
祐一「・・・・・・・。」

土壺にはまってしまったように思うのは、気のせいだろうか。



結局、近所のス−パーまで行かされることになってしまった。

そう言えば、スーパーマーケットは何故スーパーなのだろう。 スーパーという言葉が流行った時期があったのだろうか。 だったら今は日本語で「超」と言うのが流行ってるから、そのうち「超店」とか言うのが出現するのだろうか。

等ということを考えながら、店内を物色して歩いていた。

祐一「・・・・・・・。」

ふと背後に感じる、人の気配。
音も立てずに、俺の背後に忍び寄るとは・・・・。

祐一「・・・・・・・。」

俺は、そのままそいつにひじ鉄を食らわすつもりで、右腕を後ろに振った。
が、肘は空を切るだけで、何の手応えもない。

祐一「振り返ると、目標から一歩ずれた位置に、美坂香里が立っていた。」

香里「目標って、何。」
祐一「もちろん、肘鉄の目標だ。」

香里「か弱い女の子に肘鉄喰らわそうとしていたわけ?」
祐一「俺の背後に音を立てずに忍び寄ったものは、必ず死を迎えるんだ。」

香里「死んで無いじゃない。」
祐一「いや、これから死ぬ予定だ。」

香里「肘鉄かわされた人間が言う台詞じゃないわね。」

祐一「・・・で、何の用だ?」
香里「別に。偶然見かけたから、背後に忍び寄っただけ。」

祐一「・・・・何の意味があるんだ。」
香里「いつ気づくかなって思って。すぐ気づかれたけどね。」

祐一「ま、俺の勘は鋭いからな。」

香里「ふうん。で、相沢君は、何してるの?」
祐一「見ての通りだ。」

香里「そう。名雪にうまいこと言いくるめられて、烏龍茶を買いに来てるのね。」
祐一「・・・よくわかるな。」

香里「あたしの勘も、大したものでしょ?」

俺と同じ、特売品の烏龍茶をかごに入れながらいう。

祐一「香里も、それを買いに来たのか。」
香里「特売の文字にのせられて、ね。すっかり所帯じみた性格になっちゃったわ。」

それは・・・

祐一「おばさん臭くなった、と解釈して良いのだな?」
香里「失礼ね。雰囲気が落ち着いたと言ってよ。」

祐一「そういうのをおばさん臭いと言うんだ。」
香里「だったら、休日にヒマでごろごろしてる相沢君は、オジサン臭いわ。」

祐一「いや、それは昔からなんだが。」
香里「じゃあ昔からオジサン臭かったのね。」

祐一「あのなあ・・。だいたい、こんな九月に休み与えられて、する事あるか?去年までバリバリ授業受けてた時期だぜ?」

香里「バリバリ?」
祐一「いや、バリバリは嘘だけど・・・。」

香里「そうね。確かに去年は、休みじゃなかったものね。」
祐一「季節はもう秋になって行くというのに、俺達の夏はまだ終わらないんだな・・・。」

香里「・・・・・・。」
祐一「あ、今の台詞、ちょっとかっこいいよな。」

香里「相沢君。」
祐一「はい。」

香里「栞から・・・・何か連絡あった?」
祐一「栞から?いや、無いけど・・?」

香里「そう・・・・・。」

暫く黙った後、香里は言葉を続けた。

香里「もしあったら・・・相沢君どうするの?」
祐一「え?そりゃ、そんなの、内容によるさ・・・。」

香里「そうよね・・・。」
祐一「なんで?」

香里「別に・・あ、レジ空いてるわよ。」

それっきり、香里はそのことには触れなかった。



日曜日。

祐一「と言っても、元々夏休みだから、関係ないんだけどな。」

名雪「誰に言ってるの?」
祐一「もちろん名雪だ。」

名雪「そんなこと言われても困るよ。」
祐一「何、困ると言われても困るじゃないか。」

名雪「困ると言われても困るなんて言われても、困るよ。」
祐一「困ると言われても困るなんて言われても困るなんて言われても困るぞ。」

名雪「困ると言われても困るなんて言われても困るなんて言われても困るなんて言われても、こまるよ。」

リーーン。

祐一「あ、電話。」

良かった、いつまで続くのかと思った。

祐一「もしもぉし、相沢祐一ファンクラブ事務局です。」
「あ、祐一さん。」

祐一「何、栞なのか?」
「そうですよ。誰だと思ったんです?」

祐一「いや、最近南京豆の勧誘がしつこいから、それかと思った。」
「そうなんですか。てっきり、私だとわかっててあんな事言ったのかと思いました。」

祐一「いや、それはさすがに無い・・・・」

恥ずかしいし。

「祐一さん、私実は、すぐそこまで来てるんですよ。」
祐一「すぐそこ?そんな地名あったか?沖縄か北海道か?」

「そんなこと言う人嫌いですっ」
祐一「わかったわかった。で、具体的にどのあたりにいるんだ?」

「大学の・・・・」



「ゆーいちさんっ」
祐一「おお、栞。待ったか?待ったよな。」

「待ちましたよ。あんまり遅いから、このまま祐一さんの家を襲撃しようかと思いました。」
祐一「それが出来ないから待ってたんだろ?」

「そんな事言う人嫌いです。」
祐一「はっはっは。で、今日は何をしに来たんだ?」

「・・・・・・・。」

考える仕草をする栞。

「何をしに来たんでしょうね。」
祐一「栞には放浪癖でもあるのか。」

「そうですね。少年期は、人生のうちで彷徨い歩き続ける時期ですから。」
祐一「・・・・・・・。」

「あ、今の台詞ちょっとかっこいいと思いません?」
祐一「そう言うと思った。」

「酷いです〜。結構自信作だったんですよ〜。」

互いに言葉を交わし、時には冗談も言い合う。
楽しい。まるで、昔に戻ったみたいだ。
昔に・・・・
でも、今の俺と栞は・・・・・

祐一「栞・・・・。」
「はい?」

祐一「・・・・・・・。」

このまま、昔みたいに戻れたら。

祐一「・・・・・雲って水蒸気で出来てるから、食べることも出来るんだよな?」
「なんですかそれ。」

口に出して言おうとして、思いとどまった。
それを口にしたら、今折角得られた貴重な時が、壊されてしまう気がした。
それに、わざわざ口にしなくても、このまま自然体で元に戻れるのではないか。そうも思った。

だが、それは甘い考えだった。

「祐一さん。」

突如、表情を正して栞が言った。

「前に言ってた、私への話。今ここでいいですか?」
祐一「あ?あ、ああ。」

「それって・・・。私が別れようと言いだした理由、ですよね。」
祐一「さすがだな・・・。・・・そうだ、なんであんな事言いだしたんだ。」

俺が嫌いになったんじゃないんだろう、と言おうとして、止めた。
自分でも、口調が早くなっているのがわかった。詰問になってしまうのはまずい。

「祐一さん、お姉ちゃんから話は聞いてますか?」
祐一「香里から?何を?」

「・・・お姉ちゃんの、・・・心の内。」
祐一「心の内。」

何だ。

「・・・聞いてないんですね。」
祐一「・・たぶん、な。」

「じゃあ、私が言います。お姉ちゃんは・・・祐一さんのこと好きなんです。」

祐一(000)
「・・・祐一さん、ふざけてます?」

祐一「いや・・・栞の方こそ、冗談言ってないか?」
「本当です。お姉ちゃんが、そう言ってたんですから・・・・。」

香里が。

祐一「・・・俺は聞いてない。」
「だから今、私が言ったんです。」

よくわからない。明らかに俺は今、混乱している。頭の中では、香里の姿がぐるぐると駆けめぐっている。

乾いた秋の風が、散り初めの色葉を運んでいた。

祐一「・・・・それが理由か?」

やっと出た言葉は、それだった。

それに対し、栞は黙って俯いたまま、頷いた。

祐一「栞は・・・・・香里のために身を退いたって言うのか?」
「そう・・・いうことになりますね。でも」

少し涙目になりがちな栞。

「そんな殊勝なものじゃないです。結局、自分の我が儘だったのかもしれないですね。」
祐一「香里は、この事・・理由を知ってるのか?」

「知ってます。祐一さんと別れて、すぐ後・・・真っ先に言ったから・・・・」
祐一「・・・・・。」

「ほんとは私、そのことをお姉ちゃんに言いたくて、祐一さんと別れたのかもしれません。」
祐一「・・・・・。」

「・・・あのとき私、祐一さんよりお姉ちゃんを取ったんですね。」
祐一「いい、もういい、栞。」

「私、もうお姉ちゃんを無くしたくなかった・・・・」
祐一「もう、いいから!」

つい荒がった声になってしまう。
それを抑えるように深呼吸した後、栞に声をかけた。

祐一「・・訊いた俺が悪かった。今日は、もうそのことは忘れよう。な?」
「はい・・・・。」

二人で笑った。
でもそれは、先刻までの楽しい笑いとは違う、乾いたものだった。
 
 
 

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