Campus Kanon
15



暑苦しい部室。うずたかく積まれた資料。人をうんざりさせるには、十分すぎる要件だ。

香里「元はといえば、相沢君が言い出したことでしょ。」
祐一「そうだったか?」

香里「そうよ。もう忘れちゃったの?それとも、すっとぼけ?」
祐一「どっちがいい?」

香里「ちょっと決めかねるわね。」

ちなみに目の前にある資料は、この地方の民俗関係の資料だ。
図書館から借りてきたり、部の倉庫から引っ張り出してきたのだ。

祐一「・・・部室、第二部室、倉庫。この部には、一体いくつ部屋があるんだ・・・?」

そんなことを考えていると、部の主が、息せき切って入ってきた。

新濃「そ、外に高校生が大量にいるぞぉ!」
祐一「え?」

新濃「高校生、高校生がいっぱい・・・高校生はハイティーンでげろんげろんのびちょんびちょん・・・」

なにやら口走っている。

香里「オープンキャンパスでしょ。いてもおかしくないわ。」
祐一「ああ、そんなものもあったな。」

要するに、大学の見学会のことだ。

新濃「・・・ふ、そんなことは知っていたさ。」
祐一「知らないことを知らないと言うのは、恥じゃないぞ。」

新濃「いや、知っていた。私が言うのだから間違いはない。」
祐一「その割には、ずいぶん興奮していたじゃないか。」

新濃「そりゃそうだろう。何しろ、高校生だぞ。けちょんけちょんのぐでんぐでんだぞ。」

・・・よくわからないが。

祐一「女子高校生を見て興奮するなんて、あんたも好きだな。まあ、さすが変態といったところか。」
新濃「女子高生?馬鹿な、そんなものに興味あるか。」

祐一「・・・女子高生でなかったら何に興奮していたんだ。」
新濃「女子でも男子でもない高校生がいるなら、お目にかかりたいものだ。」

祐一「男子高校生見て興奮していたのか・・・。まあ、あんたならあり得るか。」
新濃「君は興奮しないのか?彼らは、びろんびろんのどでんどでんだぞ。」

祐一「・・・・何言ってんのかさっぱりわかんねーよ。」
新濃「・・・フ。君も、それだけ歳を取ったということだな・・・。」

なんでそうなるんだ。

新濃「ちなみに、男子中学生はもっと好きだぞ。」

香里「・・・もしかして、自らとの共通性を感じたりしてるのかしら。」

なるほど。確かに、男子中学生はこの世で最も愚かな種族だからな・・・。

祐一「つー事は、あんたの精神年齢は中学生並と理解していいんだな?」
新濃「褒めてもらえて嬉しいよ。」

祐一「褒めてねーよ。」
 


とりあえず部室にこもってばかりだとうんざりするので、見物に行くことにした。
色とりどりの制服が、学内をうろつき回っている。滅多に見られない光景だ。

祐一「どれ、栞は来てるかな?」
香里「来てないと思うわ。来ないって言ってたから。」

祐一「来ればいいのに。」
香里「・・・・・・。」

祐一「しかしやっぱり、我が母校の制服は目立つな・・・。」
香里「そうね。」

これだけ目立つと、知った顔を見つけるのも容易だ。

祐一「よ、おひさ。」
美汐「どなたですか?」

祐一「・・・そんな応答されると、立つ瀬がないんですけど。」
美汐「じゃあ沈んでください。」

酷いことを言う。昔はこんな事言う子じゃなかったのに・・・・

美汐「・・・本気にしてますか?」
祐一「本気にしたら沈まなきゃいけなくなるから嫌だ。」
香里「あたしが沈めてあげてもいいわよ?」

祐一「・・・・どこに。」

香里「相沢君のお知り合い?それとも、知らない人なのに馴れ馴れしくしてるのかしら。」
祐一「さすがにそれはない。」

美汐「天野美汐です。相沢さんとは・・・不思議な繋がりと言ったところです。」
祐一「ちなみに『みしお』というのは美坂栞の略じゃないからな。」
香里「わかってるわよ。」

祐一「で、こいつは『かおりん』だ。」
美汐「粘土ですか?」
香里「どうして名前をいじりたがるのかしら・・・」

呆れたように言った後、自分で名乗る。

香里「美坂香里。相沢君の・・・・そう、同級生。」
美汐「そうですか。」

祐一「で、天野。これからの予定は?」
美汐「特にないです。見るつもりのところはだいたい見ましたので。」

祐一「だいたいって事は、見てないところもあるんだな。」
美汐「はい。どういうわけか閉まってましたので。」

まあ、大学側にもいろいろ事情ってものがあるんだろう。

美汐「相沢さん達は・・・今日は何しているんですか?」
祐一「俺達は、部活だ。」

美汐「部活・・・・」
祐一「郷土研究部。」

普段は口にするのを恥じるその名も、今日だけは何故か誇らしく言うことが出来た。

香里「相沢君がそんな胸を張って部活の事言うなんて、初めて。」
祐一「・・・ま、入部以来初めて、有意義な部活動って奴をやってるからな。」

美汐「何をしてるんです?」
祐一「見に来るか?」
 



 
 

祐一「ここが部室だ。遠慮なく入れ。」
美汐「おじゃまします。」

新濃「・・・女子高生。」

祐一「あれは見なくていいからな。」
美汐「そんな事言われても困ります。」

新濃「・・・相沢君。女子高生を部室に連れ込むなんて、君は一体どういうつもりかね?」
祐一「いけないのか?」

新濃「いや、もちろんプライベートに口を挟むつもりはないが。」

また何か変な方向に持っていこうとしているらしい。

美汐「・・・すごい資料の山ですね。」

机の上の堆積物を見て、天野が言う。

祐一「調べものの途中だからな。」
美汐「調べものですか・・・。」

感心したように、資料を手に取っている。

新濃「何だ、積木崩しをやっているんじゃなかったのか。」
香里「積木崩し?砂山崩しじゃ・・・・」

新濃「しかしどうしたんだね急に。君がこんな熱心に活動するなんて。」
祐一「ま、幽霊するよりは有意義だと思ってね・・・。」

新濃「君の場合は顔は出しているから、幽霊と言うより呪縛霊だね。」
祐一「背後霊みたいなお前に言われたくはない。」

新濃「で、これはどうするんだ?部誌にしてだすつもりなら、自治会に予算の折衝に行って来なきゃならんが・・・」
祐一「それくらいの予算無いのか?」

新濃「無い!」
香里「大いばりで言わないで欲しいわ・・・」

祐一「ま、いいけどな。これは学園祭で発表するつもりだから。」
新濃「学園祭で?どの学園祭だ。」

祐一「どのって・・・ここの。」
新濃「それはわかる。で、いつの学園祭だ?」

祐一「今年の。」
新濃「今年のいつ。」

祐一「天野、学園祭っていつだ?」
美汐「私に訊かれても・・・」

香里「郷土漫才研究部に、名前変えようかしら・・・・」

祐一「俺は漫才してるつもりはないぞ。」
新濃「私だって、今回はまじめに訊いていたつもりなんだが。」
香里「そう。天性の才能なのね。」

新濃「まあ、そういうものもあるかもしれないが。で、いつの学園祭だ。」
祐一「まだ続ける気か。」

新濃「続けるさ。もし三週間後の学園祭でやるつもりなら、徹夜覚悟になるやもしれんのだからな。」

・・・・三週間後?

祐一「ここの学園祭って、夏休み中に学園祭やるのか?!」

新濃「知らなかったのか?三つの学園祭全部授業期間内にやるわけに行かないから、規模の小さいものは長期休暇中にやるんだ。」

三つ・・・・

祐一「知らなかった。学園祭って、三つもあるのか・・・・」

新濃「それも知らなかったのか。で、三週間後に発表するのか?」

さすがにそれは無理だ。

祐一「・・・その次にする。」
新濃「まあ、多分そうだろうとは思ったが・・・。」

香里「でも三週間後に学園祭あるなんて、あたしも知らなかったわ。なんかやった方がいいのかしら?」
新濃「ん〜、別にいいんじゃない?毎年何もしてないし。」

なんていい加減なところだ。
こんなところだから、部員も集まらないんだよ。

美汐「・・・楽しいところですね。」
祐一「え、そうか?」

美汐「私も、ここに入りたくなりました。」

腑抜けた顔をしていた新濃が、急速に反応した。

新濃「・・・君、名前は?」
美汐「は、はい。天野です。」

新濃「・・・天野さん。合格を心から祈っているよ。」
美汐「は、はい・・・・・。」
 

かつて人との交わりを拒絶していた少女、天野美汐。
だが彼女は、俺と知り合う過程で、人の棲む世界に戻ってきた。
そして、今。
彼女は、俺の所為で人の道から外れようとしている・・・・。

そんな事を考えてみたりする、夏の午後の一時だった。
 
 

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