その1
春、四月。俺は晴れて、大学生になった。
大学は、一応地元の県立大学。二年のラストでさぼったくせに、よく入れたなとは思う。まあ、その分三年でがんばったけど・・・・。
ちなみに、名雪も学部は違うが同じ大学に入った。他にも数人、知ってる奴がいるはずだ。まあ、近場の大学といったら、ここ以外に国立が一つあるだけだから、同じ大学に通う奴がたくさんいてもおかしくはない。
地元とは言っても、同じ県にあるというだけで、自宅すなわち秋子さんの家からはかなりの距離がある。そこで、俺と名雪は下宿することになった。もしかしたら秋子さんは反対するかも知れないと思ったが、2秒で了承が出た。もっとも、普段は1秒で出るだけに、秋子さんにも少し迷いがあったのかも知れない。
その夜、三人で新しい生活について話し合っていた。
祐一「俺は別に、狭い部屋でかまわないと思うんだよ。週末にはここに帰ってくるんだろうし。」
名雪「え〜、でもやっぱり部屋は広い方がいいよ〜。」
祐一「だったら、名雪は広い部屋に住めばいい。俺は狭い部屋を借りるから。」
名雪「え?祐一は、私と一緒に部屋を借りるんじゃないの?」
祐一「なに?誰がそんなことを言ったんだ。」
名雪「言わなくても、普通はわかるよ。」
祐一「普通はって・・・。おまえな、普通はそうは考えないぞ。」
名雪「でも、二人別々だと、お金かかるよ。家賃とか・・・。」
祐一「あのな、同じ歳の男女が同じ家で暮らすって言うのは、今だって好奇の目で見られるって言うのに、それが二人だけなんて事になったら・・・。」
名雪「大丈夫だよ。」
祐一「大丈夫って・・・。秋子さん、何とか言ってください。」
秋子「そうですねえ・・・。確かに、お金がかかりますね。」
祐一「いや、そうじゃなくて・・・。」
名雪「お金は大切にしないとだめだよ。」
祐一「それとこれとは・・・。」
名雪「お母さん、私と祐一が一緒に部屋借りても、いいよね?」
秋子「了承。」
祐一「・・・・!」
まさか、これが1秒で了承されるとは思わなかった。
名雪「祐一、一緒に住んでいいって。」
祐一「・・・秋子さん、万一のことがあったらとか、考えないんですか?」
秋子「大丈夫ですよ。」
こればっかりは、秋子さんに大丈夫と言われても困るのだが・・・。
秋子「祐一さん、名雪のこと、よろしくお願いしますね。」
ここまで言われたら、もう反論はできない。
・・・まあ、それだけ信頼されているということなのだろう。喜んでおくべきなのか。
部屋も決まり、いよいよ引っ越しの日になった。引っ越すといっても、週末にはここに戻ってくるつもりだし、荷物はそんなに多くない。だから、業者を頼むまでもないし、応援も必要ないだろう。
と思っていたが、何故か応援は来てしまった。
北川「俺の引っ越しは、手伝って欲しいからな。」
祐一「おまえの荷物は、そんなにたくさんあるのか?」
北川「俺はおまえと違って、滅多に家に帰らないつもりだからな。」
祐一「この親不孝者め。」
北川は、俺達と同じ大学に通うことになっている。ちなみに、名雪と同じ学部だ。
同じ大学に行くのは、他に三人知っている。そっちは俺と同じ学部だ。今日は、その全員が顔をそろえることになりそうだ。
香里「名雪、お待たせ。」
名雪「わざわざ来てくれなくても、祐一がいるから大丈夫なのに。」
祐一「俺に名雪の荷物全部運ばせるつもりだったのか。」
名雪「そんなこと言ってないよ。私もちょっとは手伝うよ。」
祐一「ちょっとだけか?」
やっぱり、応援がいてくれて良かったかも知れない。
北川「で、車はどこにあるんだ?」
祐一「まだ来てないみたいだな。」
名雪「祐一の知り合いに頼んだんだよね。」
香里「相沢君の知り合いだなんて、珍しいわね。」
祐一「まあな。」
北川「先に荷物、外に出しておこうぜ。」
自分も名雪も、そんなに荷物は多くない。四人掛かりだと、あっという間に運び出してしまった。
佐祐理「あははーっ、ごめんなさーい。ちょっと遅れちゃいましたーっ。」
車に乗った佐祐理さんがやってきた。
北川「おい、相沢の知り合いって、あの美人のことか?」
香里「相沢君、やるわね。」
祐一「いや、別にそういう関係じゃ・・・。」
名雪「・・この人、知ってる。」
香里「え?」
名雪「二年の時に、教室に来た人だよね?ほら、ほうきでムカデを追い払った人と一緒にいた。」
香里「そんなこともあったわね。」
佐祐理「倉田佐祐理といいます。よろしくお願いしまーす。」
四人が、ひとしきりの挨拶を交わす。
祐一「そういえば、舞は?一緒に来ると聞いていたが。」
舞「・・・ここにいる。」
祐一「なんだ舞、いたのか。しかし何で、助手席じゃなくて後部座席に座ってるんだ?」
佐祐理「私が『助手席が一番死亡率が高い』って言ったら、『・・・じゃあ後ろに座る』って。」
祐一「おまえなあ・・・。」
名雪「・・・ほうきの人だ。」
祐一「あ、こっちは川澄舞。えっと・・・。」
佐祐理「佐祐理の親友です。」
舞「・・・よろしく。」
祐一「相変わらず愛想のない奴だ。」
北川「しかし、この車に六人+荷物を載せるのか?無理そうだけど・・・。」
祐一「そうだな・・・。北川、おまえ、悪いがここで帰ってくれ。」
北川「何、まさかおまえ、このあと美女五人に囲まれてあんな事やこんな事するつもりじゃ」
祐一「どんなことだそれは」
北川「・・・いいんだ。祐一は俺と違って、もてるもんな。みんなも認めちゃうんだもんな。だけどどうせ、俺なんか、俺なんか、・・・・。」
祐一「いじけるな。ほら、香里もつけるから。」
香里「ずいぶんな仕打ちね。」
名雪「ごめんね香里。引っ越しの時は、私も手伝うから。」
香里「わかったわ。」
香里と北川を残し、四人で車に乗り込む。佐祐理さんの運転で、俺が助手席。舞と名雪が後ろに座った。
名雪「倉田さんと川澄さん、大学生ですか?」
佐祐理「あははーっ。今度一年生になりましたーっ。」
名雪「あれ・・?でも倉田さんって、確か私たちのいっこ上じゃ・・・。」
祐一「何で知ってるんだ。」
名雪「教室に来たとき、リボンの色が青だったから・・。」
祐一「細かいところを覚えてるな。」
佐祐理「あははーっ。私と舞は、浪人したんですよーっ」
名雪「え、そうなんですか?!ごめんなさい、変なこと訊いちゃって・・・。」
佐祐理「いいんですよーっ。気にしてませんからーっ」
舞と佐祐理さんは、浪人して俺と同じ学部に入った。夜遊び(と言っては変だが)していた舞はともかく、佐祐理さんまで浪人したのは正直意外だった。そういうと佐祐理さんは、「私は頭の悪い女の子ですから。あははーっ」と言って笑ったが、俺には、佐祐理さんがわざと浪人したのではないか、と言う疑念がつきまとっていた。
祐一「そこ、うん、ここで止めて。」
佐祐理「ここでいいですかーっ?」
祐一「ありがとう、ここで待ってて。荷物運びは、俺達でやるから。」
佐祐理「そんな、暇ですよーっ。佐祐理達も手伝います。」
祐一「でも、運転って疲れるでしょう。休んでてください。」
佐祐理「舞は、そんなこと無いみたいですけど?」
後ろを見ると、舞と名雪が二人で、眠りこけていた。
祐一「・・おいこら、名雪、舞。起きろ。起きないかこら。」
名雪「・・・うにゅう。」
舞「・・・・・・・・・何か用?」
祐一「ついたんだよ。全く、一時間くらいしかなかったのに、すぐ眠りやがって。」
名雪「私どこでも寝られるよ。」
祐一「知ってる。さ、荷物、運び出しちゃうぞ。」
車の後ろに回ると、そこには既に荷物を持った佐祐理さんがいた。
祐一「・・佐祐理さんはいいのに・・・。」
佐祐理「一人だけ休んでるわけに行きませんよーっ」
祐一「・・・そうですね。じゃあ名雪、おまえは役に立たなさそうだから、先に行って鍵開けてこい。」
名雪「祐一、もしかしてひどいこと言ってる?」
祐一「全然そんなこと無いぞ。」
佐祐理「あははーっ」
大して多くない荷物を運び終え、一息つく。
祐一「ふう・・・・。」
佐祐理「いい部屋ですねーっ。佐祐理も、部屋借りれば良かったかなー?」
祐一「そしたら、舞の通学手段が無くなりますよ?」
佐祐理「舞も一緒ですよーっ」
舞「・・・・・。」
祐一「そうだ、いっそ四人ともここで住むというのはどうだ?」
舞「・・・・四人で住むには狭い。」
祐一「冗談だよ。」
名雪「え、そうなの?」
本気にしたのか名雪・・・。
帰り道、後ろに座っている舞が呟いた。
舞「祐一、時々、来ていい?」
祐一「あ?ああ、部屋にか。もちろんさ。なあ、名雪。」
後ろを振り返ると、名雪は寝ていた。
祐一「・・・よく寝る奴だな。」
佐祐理「寝る子は育つって言いますよーっ」
祐一「これ以上育っても、あんまり意味無いぞ・・・。」
佐祐理「そんなこと無いですよーっ。舞なんか、名雪さんよりずっと大きいですよーっ?」
祐一「舞は、な。」
そういって後ろに振り向くと、舞がじっとこっちを見ていた。その目線がなんだか恥ずかしくて、つい目をそらしてしまった。
舞「・・・祐一、目、そらした。」
佐祐理「あははーっ。なんかやましいことがありますねーっ。」
祐一「いや、そういうわけじゃ・・・。」
三人で楽しく話しながら、俺は心の中で、これから始まる新生活への期待に胸を弾ませていた。