概要
時はグレゴリウス歴20世紀。人類史上でもまれにみる激動と飛躍そして退廃が顕著であったこの世紀。そして来るべき21世紀。21世紀に我々が持っていくべき物はなんであろうか。そして、20世紀においていくべき物は。
20世紀後半、1990年代。某唯一の世界大国では、タバコの被害を巡って数多くの裁判が繰り広げられた。多くの裁判で原告は健康保険組合であり、タバコの被害による医療費増大が健保財政を圧迫しているというのがその趣旨であった。そして20世紀も終わりに近づく時期に多くの裁判が結審し、タバコメーカーが軒並み敗訴するという事態になっていた。
そして20世紀最後のこの年、セカンドインパクトはおそらく起きないであろうが、日本社会は一億総自信喪失現象による未曾有の大不況から未だ抜け出せないでいた。そのさなかに施行される,21世紀の福祉行政モデルであるはずの介護保険制度も、与党政調会長の妄言に振り回されてその正常な実施が危ぶまれる状態にあった。
その前年、医療保険改革を巡って、日本医師会と健保連が激しく対立した。増大する医療需要を背景に診療報酬値上げを求める医師会側と、逼迫する健保財政を楯に診療報酬カットを主張する健保連は、互いに譲ることなく、政府与党による政治決着が図られた。そして、与党の大きな支持基盤である医師会に有利な決定が下され、医療費はますます増大の一途をたどる道筋がつけられた。
だが、我々はここで考えねばならない。このまま医療費を増大させ続けることが、本当によいことなのだろうか。団塊の世代が現役で働いてきた20世紀ならば、それも許されたであろう。だが見よ。君たちの親は、あと何年で定年か。彼ら団塊の世代が一線を去った後、この社会を支える主力集団となりうるのは、団塊ジュニアと呼ばれる自我喪失迷走愚連隊しかないのだ。
我々はこの危機的事態を打破しなければならない状態にある。そのためにも、医療費を不当に押し上げる要因となっているタバコの存在を、この日本社会から抹殺しなければならない。「Kanon禁煙キャンペーン」は、こういった目的に沿って、今日本の一部階級で絶大な支持を集めているKanonのキャラを、勝手にこの禁煙運動に協力させようとする革命的闘争の一環なのである!