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肩こり神奈様

 
 神奈様は、背中に翼がある。大きな翼がある。
 それは重い。とても重い。確かに羽の一枚一枚は軽いけど、集まればそれはとてつもない重さになるのだ。コピー用紙を5000枚くらい持ってみればわかるだろう。
 
 そんな重たい翼を、いつも背中にしょっている神奈様。
 当然、肩がこる。
 
 そんな神奈様の元に、ある日剣の達人といわれる柳也殿がやってきた。これはしめたと思った神奈様。早速柳也殿を呼びつける。
「柳也どの。そのほう、剣の腕は相当立つそうじゃな。」
「その通りだ。」
 柳也殿、子供とはいえ目上の人間に向かって、タメ口きき。まあしかしこれもご愛敬、詳しくは原作AIRを参照されよ。
「ふむ。ではその剣で、余の肩を叩いてくれ。」
「は?」
 どうやら神奈様の方はご愛敬ではないらしい。
「出来ません。」
「何故出来ぬっ。そちは、剣の腕一本で官位を得たほどの男ではないのかっ。」
「確かにその通りだが、それと肩たたきと一体どういう関係があるのだ。」
「剣は斬るだけでなく、峰打ちというものもあると聞く。それはつまり、叩くということであろう?」
「はあ。」
「それで。柳也殿ほどの腕の立つものが叩けば、肩こりなどあっという間に解消すると。そう思ったのじゃが。」
「・・・。」
 神奈様、どうやら常人とはおつむのまわり方が異なるようです。社殿暮らしが長いせいか、それともこれも翼人の宿命か。
 柳也どのアホらしいとは思いますが、しかし宮仕えの悲しい性、主人のいうことを邪険にするわけにも参りません。それに神奈様の肩がこっているのはこれは間違うことなき事実。
 柳也どの自らの愛刀を手に取り、すっくと立ち上がります。
「わかった。ただし、左右に一発づつだけだ。それ以上はやらんからな。」
「うむ。柳也どのの腕なら、一発で十分であろう。」
 そう言って神奈様後ろを向きます。
「では、参るぞ。」
 柳也どの刀を持ち替え、腕を頭上に上げ、一呼吸置いて振り下ろします。鋭い衝撃が、こりに凝りまくった神奈様の肩に走ります。
 整体をやったことのある人ならわかるでしょう。あまりにひどい肩こりだと、それをほぐそうとするときには凄まじい痛みが走るものです。
「うぐおぉぉっ!」
 神奈様、痛みに耐えかねて、すごい声を発しながらばたりと倒れ込んでしまいました。
 さて、二人のいるその隣の部屋には、神奈様付きの侍従裏葉さんが控えております。この裏葉さん、いわずとしれた神奈マニア。天皇陛下よりも地球の運命よりも、神奈様が大事というちょっと困ったお方。
 そんな裏葉さんが、神奈様の尋常ならざる悲鳴を聞いてしまいます。慌ててすっ飛んできた裏葉さん。そんな裏葉さんの視界に飛び込んできたのは、剣を持ったまま呆然としている柳也どのと、ぶっ倒れたままの神奈様。
「りゅ、りゅ、りゅ、りゅ、柳也どのっ、これは、これはこれはいったい、一体どういう事ですかっ!」
 聡明な女性のはずの裏葉さん。思いっきり取り乱しています。
「あなた、あなたがやったのですかっ、その、その剣で、神奈様をやったのですかっ、愛しい、愛しい神奈様をっ、おのれ許すまじ大志柳也!」
 裏葉さん、柳也殿を殴る、殴る。柳也どの殴り返すわけにも行かず、一方的に殴られっぱなし。
 そんな修羅場の中、神奈様むっくりと起きあがる。
「柳也どの、もう片方も・・・」
 柳也殿それどころじゃない。
 
 
 
 結局片方だけで終わってしまった神奈様。
「・・・片方だけ凝りが治っても、かえって気分が悪いものじゃ・・・」
 そう言いながら裏葉さんの書斎をあさる神奈様。何か肩こりについて書かれた医術書でもないかと探しているのです。
 和歌集を鈩にくべたりと勉強嫌いの印象が持たれがちな神奈様ですが、それは裏葉さんの課すノルマが大きすぎるだけのこと。基本的に学問は嫌いではなく、本を読むのも苦痛には感じません。
「ふむ。この書によると、人体にはツボというものがあるのじゃな。適切なツボを突くことで血脈の流れが変わり、肩こりなどの病も治ると。」
 得心した神奈様。早速柳也殿を呼びつけます。
「そちの剣の腕を見込んで、余の肩こりを治すツボを突いて欲しい。」
「・・・前回も思ったのだが。お前って、剣術というものを何か誤解していないか?」
「な、なにを言うかっ。誤解などしておらぬ、しておらぬぞ。そもそも剣術というのは、ただ単に相手を斬るのみにあらず。最も有効な一撃を与えるために、人体で脆く効果の大きい部位を見極め、瞬時にそこに打撃をたたき込む事も必要だと聞いておる、そうではないか?」
「ふむ、まあそういうのも確かにあることはあるが。」
「であろう。なれば、肩こりを治すための一撃を極めるのも、また剣術の極意の一つと言えなくはないか。そうこれは、単に余の肩こりを治すためのものにあらず。柳也どのの剣の鍛錬にもなるというわけじゃ。」
「しかし。俺はもう、余計なことをして裏葉に殴られるのは御免だぞ。」
「それなら心配いらぬ。裏葉ならほれ、そこに既に控えておる。ちゃんと事情は説明してある故、安心してその剣でツボを突かれよ。」
「はあ・・・全くしょうがないな。裏葉、具体的にどの辺りを突けばいいんだ?」
「柳也さま、ご説明いたします。まずはこの書を・・・」
 そうして裏葉さんからツボと鍼灸術についてのレクチャーを受ける柳也どの。途中余計なムダ知識が織り込まれて話が脱線したりしますが、まあそこはそれ、裏葉さんオタクだからしょうがありません。
 そうして肩こりに効くツボを習得した柳也どの。早速神奈様に向けて実践することに。
 柳也殿は立ち上がって剣を取り、身構え、目を閉じ、己の気を高めていきます。ツボを突くだけとはいえ、使うのは真剣。下手をすれば神奈様の命取りになるやもしれません。呼吸を整え、己の心を冷静にしてゆきます。
「大志柳也、参る・・・」
 そのとき、部屋の外から大声がします。
「りゅ、柳也どのが神奈さまを! 謀反じゃ、謀反じゃーっ!」
 どうやら通りすがりの衛視にこの光景を見られて、あげく勘違いされてしまったようです。
 以前から、藤原氏と花山法皇の対立でキナ臭いことになるのではないかと噂されていた社中のこと。騒ぎはあっという間に広まってしまいます。柳也どのが説明しようにも弱い者は悲鳴を上げて逃げ出し、腕に覚えのある者は斬りかかってくる始末。柳也殿強いから簡単に倒される事はありませんが、いかんせん多勢に無勢。しかも本気で倒すわけにはいかない相手です。
「裏葉。このままでは柳也どのが殺されてしまう。余はこの事態を一体どうすれば。」
「逃げましょう。」
 
 
 
 ほとんど着の身着のままで社殿から逃げ出した神奈様ご一行。森まで逃げ込んで後ろを振り返ると、社殿から煙が上がっています。慌てた誰かが、かがり火を蹴り倒しでもしたのでしょうか。
「裏葉、柳也どの。すまぬ。余のわがままでこのようなことになって。」
「気にするな。元々こうなる運命だったんだ。」
「都の勢力争いの関係で、神奈様を捕らえようとする動きがあったのでございます。柳也さまと私はそれに備え、以前から神奈さまを脱出させる手はずを整えていたのでございます。」
「そうか。なら良いのだが・・・」
 そうは言うものの、どこか気落ちした様子の神奈様。
「どうした。気にするなと言っているだろう。」
「うむ。いや、そうではなくてな。・・・肩の凝りが収まらなくて。」
「・・・・。」
「神奈さま。騒ぎが一段落したら、湯治にでも行きましょう。」
「湯治、とな。」
「はい。天然に湧き出る熱き湯につかり、病や怪我を治す療法にございます。伊賀の山中には、猟師に追われた鹿が怪我を治すために浸かっていたという湯があると聞き及んでおります。」
「ふむ。心地よさそうじゃの。」
「はい。天にも昇る心地と聞き及んでおります。」
「そうであるか・・・。」
 暫し考え込んだ神奈様。口を開いて柳也どのに提案します。
「柳也どの。余は湯治に行きたい。」
「落ち着いたらな。」
「いや、今すぐ行くのじゃ。」
「しかし今は追っ手が迫ってもいるし、その湯治場とやらがどこにあるのか俺は知らん。何より俺達は、本編では神奈の母親を助け出すために高野山に向かうという筋書きに」
「そう、その母上じゃ。きっと冷たい牢に長い間囚われて、体をこわしておるに違いない。だから余が先に湯治場を見つけ出し、下見をした上で、母上をそこに連れて行くのじゃ。」
「ふむ・・・。」
「それは良い考えでございますね。きっとお母様もお喜びになられます。」
 
 こうして神奈様ご一行は、温泉発掘のために日本全国を行脚する旅に出たのでした。
 柳也どのは後に、このときの旅の様子や発掘された温泉の詳細を記した書「浴人伝」を表し、後世への遺産とするのでした。また裏葉さまはその道すがら習得した方術を改良して肩こり・腰痛を治すための術を編み出します。この術はこの後、子々孫々に受け継がれてゆくのです。
 そして一千年の時を経て。物語は、とある海辺の町に降りたった一人の青年の話へと、続いてゆくのです――。
 
 
 
おしまい
 
2005年3月10日執筆
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