「・・・・暇だ。」

「健康保険、介護保険、学校医療、地域福祉。世の中はこれほどまでに医療を欲しているというのに、この町の体たらくは何だ。誰一人診療所に近づこうとしない。どういうことだこれは。20世紀型の巨大労働集約型社会はとうに崩壊し、新しい分散型ネットワーク社会へ移行しようという時代に、未だに大病院信仰から抜けきれず隣町までわざわざ出かけているとでもいうのか。それとも、この町の人間は全員健康そのもの元気に長寿で明るい未来でも年金財政は圧迫しまくりで厚生省は痛し痒しだとでもいうのか。何であるにせよ、暇というのはあまりよろしいことではない。地方自治体はいずこも財政難、利用率の著しく低い医療機関は補助金カットでハイさよならよという時代だ。
ううむ、いかん。このままではいかん、なんとかせねば、なんとかせねば、なんとかせねば、・・・・」

佳乃「お姉ちゃん、一人でぶつぶつ言ってると、アブナイ人みたいだよ?」

「アブナイ人って言うな」
 
 

どーぶつのおいしゃさん




【獣医、始めました。】

往人「始めました・・・・って、獣医って、勝手に始められるものなのか?」

佳乃「大丈夫。お姉ちゃんはトラクターでも木偶人形でも、何でも直せちゃうんだから。」

往人「いやそうじゃなくて・・・医者とか獣医って、大学行って試験合格しなきゃなれないものだと聞いているのだが。」

佳乃「じゃあ、合格したんだよ。」

往人「あの大年増は二度も大学行ったのか。ま、暇そうだしな」

「誰が大年増だ。」

往人「あんた。」

「・・・・・。」(一本)

往人「さあ、佳乃。呼び込みにでも行って来ようか。」

佳乃「うん、そうだね。」

「逃げるな。」

往人「決して逃げているわけではない。俺は、純粋にこの診療所の経営を憂えて、患者患畜の呼び込みをやってやろうと言っているんだ。」

「医療機関は呼び込みをしてどうにかなると言うものでもないと思うぞ。」

往人「やらないよりはやった方がましだろう。少なくともデメリットはないと思うぞ。」

「うむ、それもそうか。まあ、やりたいというのなら仕方ない。好きにしろ。」

往人「娯楽の殿堂、霧島診療所・・・」

「やめい。」
 
 
 

とりあえず、追い払ってやった。
全くあの男、何を考えておるのか。
でもまあよいか。どうせ暇なのだ。あの程度の余興は許してやろう。

男の子「すみませーん」

お、早速客か。

「なにかな?当院では内科小児科老人科外科整形外科心臓外科泌尿器科胃腸科放射線科理学療法科作業療法科精神科脳神経外科心療内科耳鼻咽喉科産科婦人科皮膚科麻酔科接骨科リハビリテーション科その他諸々取り扱っておるぞ。他に、最近獣医も始めた。」

男の子「獣医でお願いします。」

「あれだけたくさんの診療科目を並べたのだ。できればそこから選んで貰いたいものだな。」

男の子「ぐす、獣医・・・・」

「わかった、わかった。で、患畜はどこだ。」

男の子「これ、・・・キンちゃん」

「キンちゃん?萩本欽一か?それとも徳島製粉か?」

男の子「金魚・・・」

「なるほど、金魚か。こいつは楽勝だ」

ぽちゃん

「処置完了。」

男の子「こ、こんだけ?」

「金魚の病気なんざ、塩水につけておけば治るんだよ!」

男の子「え・・・・ええ〜っ?!」

「そういうわけで、5千円だ。」

男の子「え?」

「5千円。」

男の子「あ、あの・・・」

「何だ、何か不服があるのか。」

男の子「たったこんだけで、5千円・・・?」

「仕方なかろう。動物は健康保険に入っていないのだ。だから全額飼い主負担になる。」

男の子「あ、あの、僕今3千円しか持ってないんだけど・・・」

「ふむ・・・なら仕方ないな。この金魚は私が頂く。」

男の子「ええっ?」

「佳乃、今夜は焼き魚だぞ。」

男の子「う、うちに戻ってとってくるっ!」

「そうか。なら戻ってくるまでこの金魚は預かっておくぞ。」

男の子「うわ〜ん・・・
 

全く、手の掛かるガキだったな。患畜が手が掛からなくても、飼い主がこれでは結局同じではないか。

「すみませーん」

お、今日は千客万来だな。
 

往人「ちょっと、診て貰いたい動物があるんですけど」

「なんだお前か。犬か猫か?」

往人「いや、奇妙奇天烈な珍生物だ。」

「ほう、どこにいる。」

往人「これだ。」

みちる「にゃはは」

「ほうこれが。私の目には、人間の子供にしか見えないが。」

みちる「んに?」

往人「いや、こいつは明らかに人外だ。その証拠に、人語を喋ることが出来ない。」

みちる「むぅ〜」

「まあ、私としては診察料さえもらえれば、人間でも動物でもどちらでも良いのだが。」

みちる「みちるは動物じゃないぞぉ!」

往人「おお、人語を喋ったぞ」

どかっ

往人「うぉ・・・」

みちる「あたりまえだ!」

「で。このお嬢ちゃんは、どこが悪いんだ?」

往人「頭。」

「は?」

往人「頭が悪いから、どうにかしてやってくれ。」

みちる「んにぃ?」

「お前のその目つきの悪さも、どうにかしたいものだな。」

往人「俺のことはいい。早いとこ、この人外魔境を人畜無害な存在にしてくれ。」

「できん。」

往人「なんで」

「医者の力で人の頭をよくできるなら、核も貧困もとっくに消滅しておるわ。」

往人「ちっ、藪医者が、えらそーに。」

「口も悪いようだな。」

往人「余計なお世話だ。」

「君には手術が必要だな。」

往人「待て。何故俺が手術を受けなければならない。」

「お主のような性悪は、いっぺん痛い目にあって・・・時にお主、金は持っておるのか?」

往人「無い!」

「威張って言うことか。だったら、その子の診察費はどうするつもりだった。」

往人「ああ、それは、こいつの親にでも請求してくれ。」

「その子の親はどこにいる。」

往人「知らん!」

「・・・帰れ。」

往人「ずいぶんな言い方だな。」

「やかましい。診察代も払えないようなやつの相手をしているほど、私は暇ではないわ。」

往人「やれやれ。残念だったなみちる、折角お馬鹿な頭直してもらえると思ったのに。」

みちる「誰がお馬鹿だーっ。」

どかっ

往人「う・・ご・・・」

みちる「バカって言うやつがバカなんだ、国崎往人のバカーっ。」
 
 
 
 

・・・やれやれ。とんだ患者だったな。あれなら、さっきの子供の方がまだましだった・・・
 

観鈴「あの・・・よろしいですか?」

「お、なんだ、神尾さんちの観鈴ちゃんではないか。」

観鈴「ちょっと診て貰いたいものがあって・・・」

「・・・・これはまた面妖な。なんだこれは」

観鈴「よくわからないんです。うちの庭で倒れてたんですけど。」

「ううむ、・・・・しかしこれは、さすがに私の手には負いかねるぞ・・・」

観鈴「そうですか・・・・。」

「まあ、やれるだけのことはやっておこう。そこに置いといてくれ。」

観鈴「わかりました。あの、・・・診察代の方は?」

「うむ。まあ、気にするな。そもそも治せるかどうかもわからんのだからな。」

観鈴「そうですか。では、お願いします」

「うむ・・・・」

しかし困ったぞ。そもそも、これは何だ。このような生き物は、私はかつて見たことがないが・・・

しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ

「な、なんだなんだ」

しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃー

「・・・行ってしまった・・・・。まあ、治ったのなら良いか・・・・。」
 

男の子「先生・・・」

「ん?何だ、先ほどのガキではないか。」

男の子「5千円、持ってきた。」

「おお、そうか。遠慮なく受け取って置くぞ。」

男の子「キンちゃんは・・・?」

「おお、そうだな。金魚は返してやらんといかんな。」

すい

「うむ。治ったようだぞ。」

男の子「ほんと?」

「ああ。この通り、元気ぴんぴんだ。」

男の子「ありがとう。良かった、キンちゃん治ったよ」

「待たれよ。」

男の子「え、なに・・??」

ぴっ

「快気祝いだ。持ってゆけ。」

男の子「え、でも・・・・」

「遠慮するな。金は持っていて困らないぞ。私の知っている目つきの悪い男は、いつもこれで困っている。」

男の子「う、うん・・・」

「キンちゃんを大切にな。」

男の子「うん、ありがとう!」
 
 

「もう、夕暮れ時か・・・・。」

「獣医始めました、か。・・・このような一銭にもならないことをやっていても、意味はないな。」

びりびり

「・・・まあでも、今日一日の暇つぶしにはなった。それで良しとするか。」

往人「やはり、あんたは暇なんだな。」

「まだいたのか。」

往人「言うな。みちるに蹴られたみぞおちが痛くて、ずっとここにいただけのことだ。」

「ほう、それは・・・・」

往人「なんだ、うれしそうに」

「腎臓に傷が付いた可能性があるな。どれ、診てやろう。」

往人「金はないぞ。」

「まあ気にするな。・・ふむ、大したことはないな。」

往人「そうか。」

「ということで、痛みが引いたらここの掃除だ。」

往人「・・・・なんでやねん」

「金がないのだろう。働いて診察代を返せ。」

往人「し、しまった、はめられた・・・」
 
 

私は霧島聖。霧島診療所の医師。
この街は今日も健康。おかげで私は、ゆとりのある毎日だ。

「ほらほら、きりきり働かんかい。」

往人「どうせ誰も来ないんだから、掃除しても意味は無いと思うのだが・・・・」

「・・・・・。」(4本)

往人「働かせていただきます。」
 
 
 

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