転がって、仰向けになって、空を見る。
夜の空。星の見える空。雲がなければもっといいのだけど。
 
海雄「・・・雨が降るよりは、ましだと思うよ。」
 
奈津観「そういう考え方もあるか。」
 
寝転がったまま、顔だけを声のする方に向けて。
 
 
 
 
A.A.A.
トリ・プル・エイ
 
 
 
 
 
 
 
 あれからみんなに、事情を説明するのは大変だった。
あれ。そう、「記録家」橋口言うところの「霧島男作って抱きついちゃった事件」を、自分にとって不利の無いように説明するのは。
 弓佳はそんなに口の軽い方じゃない。にもかかわらず、私が教室に入ったときには、そのとき部屋にいた16名には、すでにこの事件は周知の事実となっていた。弓佳がいかに動揺していたかがわかる。その16名は、全員が円陣を作り、黒板には「霧島男作って抱きついちゃった事件対策会議」と大書されていた。
 
奈津観「私としては、こういうお馬鹿な連中の対策を優先して欲しいなあ・・・」
 
 当人たちにそれを望んでも仕方がないことだった。 私は円陣の中心にいる、興奮の冷めやらぬ様子の弓佳のところまで歩いていった。
 
奈津観「火口弓佳さん。これはどういう事か、説明していただきましょうか?」
 
弓佳「あ、奈津実!どういう事かって、それはこっちのせりふ、こっちのせりふ!!」
 
腕を上下に振りながら主張した。興奮が冷めるどころか、ますます熱くなっていたらしい。
 
弓佳「あ、ああーっ、この子、この子!」
 
 今度は小刻みに振りながら、私の後ろを指さそうとしていた。私の後ろにいたのは、カイユウだ。この子って、カイユウのこと?
 
弓佳「ああーっ!ああ、ああ、ああ、ああーっ!」
 
うるさい。
 
弓佳「て、ててててててて、て!」
 
奈津観「てっちり鍋?」
 
弓佳「そうじゃなくて、手!手つながってるう〜!」
 
一同の視線が一斉に、私の手に向く。私の視線もそこに向く。
確かにつながっていた。
顔を上げてカイユウを見る。ちょっと答えが欲しかった。
 
海雄「・・・だって離してくれないから。」
 
それは確かに事実かもしれない。
 
弓佳「うわあ〜ん!」
 
泣き出してしまった。弓佳をいじめた覚えはないのに。
 みんなは何も言わなかった。何か言いたそうではあったけれど。
 
海雄「・・・なんと言ったらいいかわからない。」
 
奈津観「そうなの?」
 
 確認するように、みんなを見渡した。みんな目が合いそうになると、頭をかいたり、不自然に外を見たりしていた。
 
「えっと。まあ、その通りといったところね・・・」
 
 やっと返ってきた返答。学級委員の羽根田さん。学級委員に羽根田「美人で有名な」という枕詞をつけるのが昔からの礼儀らしいが、美人はともかく有名ではないと思うので、私はつけていない。
 
羽根田「・・・えっとね霧島さん。とりあえず、おめでとうとは言っておこうかしら。それが礼儀でしょうし。」
 
彼女は礼儀正しかった。
 
羽根田「・・・でもね。いくらなんでも、その、関係を見せつけるような・・・そういう真似はちょっと・・・」
 
奈津観「え、そ、そうじゃないのよお。あのね、この手はただ、急いで弓佳を追ってきたから、そのときにカイユウを引っ張ってきただけと言うだけの話でね。」
 
羽根田「別に自分の教室にまで連れてこなくてもいいでしょう・・・」
 
あきれたように、羽根田さんがため息をついた。
 
奈津観「だ、だって・・・。それにここ、カイユウの教室でもあるんだし・・・」
 
羽根田「だからって・・・」
 
途中まで言いかけて、学級委員の羽根田さんは黙ってしまった。
何かを考えているような、そんな顔になって。
 
弓佳「・・・・あ。」
 
弓佳が、小さく声を上げる。
 
奈津観「え、何?」
 
弓佳「あ、う、うん。えーっと・・・」
 
言葉に詰まっていた。
 
海雄「思い出したけど、よくわからなくて言葉に表せない。」
 
弓佳「そ、そう。そんなところ・・・」
 
なるほど。
 周りのみんなは何も言わなかった。けれども、それに同意はしていた。いやむしろ、その説明に救われたといった雰囲気だった。
 私にもわかる。それはきっと、私が初めてカイユウと会ったときの気分と、同じだっただろうから。
 
 
 
 
 
 
 
海雄「・・・とうとう知られてしまった。」
 
 カイユウの声。その声に、ここが夜の屋上だということを思い出す。天文部の観測会。星を見ようと、カイユウを誘いだした集まり。
 
奈津観「知られちゃ、まずかった?」
 
 少し意地悪く質問してみる。
 
海雄「・・・。」
 
返事はない。姿も、よく見えない。
 月明かりすらない。遙か彼方からの星の光と、すぐ足下からの町の灯りと。それだけが、カイユウを認識させてくれる道しるべ。
 
海雄「・・・雲が、出てるから。」
 
返ってきたのは、全然違う答えだった。
 
美凪「・・・天気予報では、今日一日快晴ということだったんですけど。」
 
奈津観「天気予報の言う今日一日って言うのは、日没までのことを言うんじゃないですか?」
 
美凪「・・・まあ。日本の気象庁は太陰暦?」
 
奈津観「ちょっと違うと思います・・・。」
 
美凪「あらら。はずしてしまいました・・・」
 
 姿はよく見えないが、おそらく今の遠野先生の仕草は、右手を頬に当てて首を13度傾けて残念そうな顔をしながら左手では残念賞を取り出す用意を怠っていないのだろう。
 油断ならない。
 
海雄「油断ならない・・・?」
 
奈津観「う、ううん、なんでもないの。」
 
美凪「・・・?」
 
 なんとなく訝しげな視線を感じる。視線というのは暗くても感じるものなんだと、今知った。
 
奈津観「な、なんでもないんです!というか、深い意味はないんです!別に残念賞なんか欲しくないとか、そういう意味じゃなく・・・」
 
美凪「いえ。そのことではなく・・・・」
 
 遠野先生は、何かを考え込んでいるようだ。何を。残念賞の事じゃないとしたら。それともあれはフェイントで、意表をついて「結論賞」とか訳のわからないものを渡そうという策略なんじゃ・・・
 
美凪「・・・ま、いっか。」
 
もういいらしい。助かった。何から助かったのかよくわからないけど。
 
美凪「それより。とりあえず見るものは見ておきましょうか。ほら、望遠鏡の用意はできたみたいですよ。」
 
 離れたところに、わずかな懐中電灯の明かり。部長が、ずっと黙々と望遠鏡の設置をやっていたのだ。
 私はさっきから何もしていない。
 
奈津観「ね、カイユウ。先に見てきてよ。」
 
海雄「え?」
 
奈津観「私も何もしてないから。ちょっと後ろめたいし。ね?」
 
海雄「・・・うん。」
 
海雄「ほらほら、早く。」
 
 おぼろげにしか見えないカイユウの姿。その背中を私は、両手で軽く押し出した。前に、進めと。でも、決してその両手が、背中から離れないように・・・・
 
 
 
 
 

A.A.A.−me.2 終了。

me.3に続く

(2001年7月21日執筆)
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