私が、守る。
そう決意を固めた夜。
その次の朝。
私は、早く起きた。
何をどう守ればよいのか、それはわからない。当然、何をすればいいのかもわからない。
だけど、とりあえずできることは一つある。
できるだけ、カイユウの側にいよう。
そうすれば、とりあえずカイユウの身にあっても、すぐ助けることができる。
車にはねられそうになっても、避けさせることもできる。
溝に落ちそうになっても、助けることができる。
とにかく、いろいろできるのだ。
奈津観「ぐっ!」
親指を4本指中に入れ、両手で握り拳を作る。
意識が高ぶってくる。
ついでに右腕を振り上げてみる。
声も上げてみる。
奈津観「おー!」
気分は爽快。
そして、そのさわやかな気分の片隅に、人の気配を感じた。
奈津観「あ・・・」
後ろから近づく、それはカイユウの気配。
歩き、近づき、私の横を歩き、そして去っていく。
海雄「・・・・。」
無言で。
奈津観「「・・・・・・・。」
そこまですること無いのに。
さみしさと、せつなさと、腹立たしさと。
全部ごちゃ混ぜにしたような感覚が今の私の心を覆っている。
奈津観「うきゅきゅきゅきゅきゅ・・・」
意味もなく、わけのわからない言葉を口にしたくなる。
海雄「意味があって訳のわからない言葉を口にしてるのなら、その意味というのは非常に危険なことだと思う。」
ひとりごとなのか、それとも私に語りかけているのか。
前の方、学校に向かう方向を向いたままで、カイユウはつぶやいた。
そして再び歩き出す。
私は、誤解されたと思った。
奈津観「ま、待って! ちょっと説明させてよ。」
カイユウが立ち止まる。そして、振り返った。振り返ったその目が、私の目と合う。
きれいな目、そして優しい目。たとえて言うなら、今日のそれは半透明。投げてよこした光を、柔らかく返してくるような。
そして、遅れてカイユウの答えが返ってくる。
海雄「いいよ。」
その答えに、私はすぐ反応出来なかった。柔らかい光が、私の意識をつかんで離さない、そんな感覚だった。
海雄「なに?」
カイユウの再びの問いかけに、ようやく我に返る。
奈津観「あ、えっとね。・・・」
考えをまとめ直す。さっきまで考えていたこと。左の拳を再び握る。その手を胸に当て、右手をつきだして、言い放つ。
奈津観「私が、あなたを守る!」
びししっ! は、さすがに口に出さなかった。
カイユウは、なにも言わない。その目は私を見たまま。じっと。
1秒。
2秒。
3秒。
こめかみのあたり、少しばかりの汗。また顔が赤くなっているかもしれない、少し恥ずかしくなってきたから。
そしてカイユウは、口を開いた。
海雄「どうやって?」
奈津観「どうやって・・・」
それは、訊かれたくない質問だった。答えられないから。だからこうして、その場しのぎの行動に出ているというのに。
カイユウの目はさっきと同じ。
ううん、少し違う。目ではなく、口が。口元が少し笑ってる。
いじわるではない、きっと。カイユウは、知りたいだけなのだ。私に期待しているのだ。
こたえてあげないと。
私は右腕をあげたまま、左足を踏み出す。右足も前に出す。歩く。カイユウに向かって。
右腕がカイユウに届くまでになったとき、私はそれをカイユウの背中に回した。左腕も、一緒に回す。私の両腕が、彼を囲んで組合わさっている。包み込むように、私はぐっとそれを引き寄せた。
鼻先が、カイユウの頭に当たる。カイユウって、私より背低かったんだ、今さらそんなことに気づく。少しあごを引き、そしてカイユウの頭の後ろに回し込む。体全体で、カイユウを包み込んでやるのだ。
カイユウはなにも言わない。
奈津観「・・・守る。」
正直な思いが、そのまま言葉になって出てくる。
奈津観「・・わからないけど。どうしたらいいかわからないけど。でも、とりあえず守る。こうやって、あなたのことは守る・・・」
これ以上の言葉は出ない。
カイユウもなにも言わない。
時間が過ぎていくのがわかる。気にはならない。ただ、それがわかるというだけ。
過ぎていく。
そして破られる沈黙。
弓佳「奈津実・・・・・」
顔を上げ、声の下左側を向く。そこには、目をまん丸にした弓佳が立っていた。
奈津観「あ、弓佳。おはよう。どうしたの?」
弓佳「ど、どうしての・・・って・・」
弓佳は、少しだけ私を指さし、そして
弓佳「あ、ご、ごめん、・・・邪魔しちゃ、ダメだよね・・・」
慌てて走っていってしまった。
弓佳「先こされちゃったよお、しかも奈津実にい」
私はそれを、呆然と見つめていた。
海雄「もう、いい?」
カイユウの声。その声で私は、カイユウを「守る」途中だったことに気づく。
海雄「誤解、されたよ。」
奈津観「ふわ? え、あ、あ、ああ〜!」
私は、自分のしていたことに気づいた。確かに、弓佳が誤解しても仕方ないことをしていたかも知れない。
奈津観「あ、あ、あのねカイユウ、わたしね、」
海雄「大丈夫。僕は、誤解してないから。」
「守られ」て乱れたのが気になるのか、前髪をいじっている。
奈津観「そ、そう。そうなんだ。えっとあの」
とりあえず、弓佳の誤解は解こうと思った。
奈津観「いくよおっ、弓佳追いかける!」
私はカイユウの手を取り、弓佳の後を追って走り出した。
後ろから聞こえる声。何となく、カイユウが笑った気がした。
A.A.A.−me.1 終了。
me.2に続く