A.A.A.

トリ・プル・エイ 
6.



私が、守る。
そう決意を固めた夜。
その次の朝。

私は、早く起きた。

何をどう守ればよいのか、それはわからない。当然、何をすればいいのかもわからない。
だけど、とりあえずできることは一つある。

できるだけ、カイユウの側にいよう。
そうすれば、とりあえずカイユウの身にあっても、すぐ助けることができる。
車にはねられそうになっても、避けさせることもできる。
溝に落ちそうになっても、助けることができる。
とにかく、いろいろできるのだ。

奈津観「ぐっ!」

親指を4本指中に入れ、両手で握り拳を作る。
意識が高ぶってくる。
ついでに右腕を振り上げてみる。
声も上げてみる。

奈津観「おー!」

気分は爽快。

そして、そのさわやかな気分の片隅に、人の気配を感じた。

奈津観「あ・・・」

後ろから近づく、それはカイユウの気配。
歩き、近づき、私の横を歩き、そして去っていく。

海雄「・・・・。」

無言で。

奈津観「「・・・・・・・。」

そこまですること無いのに。

さみしさと、せつなさと、腹立たしさと。
全部ごちゃ混ぜにしたような感覚が今の私の心を覆っている。

奈津観「うきゅきゅきゅきゅきゅ・・・」

意味もなく、わけのわからない言葉を口にしたくなる。

海雄「意味があって訳のわからない言葉を口にしてるのなら、その意味というのは非常に危険なことだと思う。」

ひとりごとなのか、それとも私に語りかけているのか。
前の方、学校に向かう方向を向いたままで、カイユウはつぶやいた。

そして再び歩き出す。

私は、誤解されたと思った。

奈津観「ま、待って! ちょっと説明させてよ。」

 カイユウが立ち止まる。そして、振り返った。振り返ったその目が、私の目と合う。
きれいな目、そして優しい目。たとえて言うなら、今日のそれは半透明。投げてよこした光を、柔らかく返してくるような。
 そして、遅れてカイユウの答えが返ってくる。

海雄「いいよ。」

 その答えに、私はすぐ反応出来なかった。柔らかい光が、私の意識をつかんで離さない、そんな感覚だった。

海雄「なに?」

カイユウの再びの問いかけに、ようやく我に返る。

奈津観「あ、えっとね。・・・」

考えをまとめ直す。さっきまで考えていたこと。左の拳を再び握る。その手を胸に当て、右手をつきだして、言い放つ。

奈津観「私が、あなたを守る!」

びししっ! は、さすがに口に出さなかった。

カイユウは、なにも言わない。その目は私を見たまま。じっと。

1秒。
2秒。
3秒。

 こめかみのあたり、少しばかりの汗。また顔が赤くなっているかもしれない、少し恥ずかしくなってきたから。
 そしてカイユウは、口を開いた。

海雄「どうやって?」

奈津観「どうやって・・・」

 それは、訊かれたくない質問だった。答えられないから。だからこうして、その場しのぎの行動に出ているというのに。

カイユウの目はさっきと同じ。
ううん、少し違う。目ではなく、口が。口元が少し笑ってる。
いじわるではない、きっと。カイユウは、知りたいだけなのだ。私に期待しているのだ。

こたえてあげないと。

 私は右腕をあげたまま、左足を踏み出す。右足も前に出す。歩く。カイユウに向かって。
右腕がカイユウに届くまでになったとき、私はそれをカイユウの背中に回した。左腕も、一緒に回す。私の両腕が、彼を囲んで組合わさっている。包み込むように、私はぐっとそれを引き寄せた。
 鼻先が、カイユウの頭に当たる。カイユウって、私より背低かったんだ、今さらそんなことに気づく。少しあごを引き、そしてカイユウの頭の後ろに回し込む。体全体で、カイユウを包み込んでやるのだ。

 カイユウはなにも言わない。

奈津観「・・・守る。」

正直な思いが、そのまま言葉になって出てくる。

奈津観「・・わからないけど。どうしたらいいかわからないけど。でも、とりあえず守る。こうやって、あなたのことは守る・・・」

これ以上の言葉は出ない。

カイユウもなにも言わない。

時間が過ぎていくのがわかる。気にはならない。ただ、それがわかるというだけ。
過ぎていく。
 
 

そして破られる沈黙。
 

弓佳「奈津実・・・・・」

顔を上げ、声の下左側を向く。そこには、目をまん丸にした弓佳が立っていた。

奈津観「あ、弓佳。おはよう。どうしたの?」

弓佳「ど、どうしての・・・って・・」

弓佳は、少しだけ私を指さし、そして

弓佳「あ、ご、ごめん、・・・邪魔しちゃ、ダメだよね・・・」

慌てて走っていってしまった。

弓佳「先こされちゃったよお、しかも奈津実にい」

私はそれを、呆然と見つめていた。

海雄「もう、いい?」

カイユウの声。その声で私は、カイユウを「守る」途中だったことに気づく。

海雄「誤解、されたよ。」

奈津観「ふわ? え、あ、あ、ああ〜!」

私は、自分のしていたことに気づいた。確かに、弓佳が誤解しても仕方ないことをしていたかも知れない。

奈津観「あ、あ、あのねカイユウ、わたしね、」

海雄「大丈夫。僕は、誤解してないから。」

「守られ」て乱れたのが気になるのか、前髪をいじっている。

奈津観「そ、そう。そうなんだ。えっとあの」

とりあえず、弓佳の誤解は解こうと思った。

奈津観「いくよおっ、弓佳追いかける!」

私はカイユウの手を取り、弓佳の後を追って走り出した。
後ろから聞こえる声。何となく、カイユウが笑った気がした。
 
 
 
 
 

A.A.A.−me.1 終了。

me.2に続く

(2001年6月10日執筆)
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