その校庭のど真ん中、私は立ちすくんでいた。
奈津観「エンピツ忘れた気がする!」
予想どおり、エンピツはなかった。私は慌てて、校門から敷地の外に出た。
外を出てすぐ、一人の男の子とすれ違った。
奈津観「誰 だっけな?」
疑問はあったけど、急迫差し迫った別の用事があったから、その場では深く考えないことにした。
真っ白な壁が続く廊下を走り抜けるとそこは、教室だった。
奈津観「霧島奈津実、おくれましたっ!」
本当に遅れたかどうかはまだ定かではないけど、遅れていたときのために先制攻撃。
「・・・はい、残念賞。」
やっぱり遅れたらしい。この人、ウチの担任は、遅れると残念賞をくれるのだ。間に合えば快足賞。以前傘の上でボールを転がしながら入っていったら、よくできましたで賞が出た。まるで小学校低学年にでも出すかのようなネーミングだ。当然、喜ぶ人間は希少。私か、アホの坂口ぐらいなものだ。この一点であの坂口と同列に扱われてしまうのは少々シャクだ。しかし喜ばないと遠野先生は非常にがっかりするので、私が貧乏くじを引いてやっているのだ。
美凪「ぷらす。」
え?
美凪「今日は特別に、席替えのクジを作る権利をあげます。」
奈津観「クジ?」
美凪「・・・席替えをしたいという、特別の要望が出たものですから。」
特別なものか。月が変われば席替えをしたいと騒ぎ出す連中じゃないか、ここにいる奴らは。
美凪「・・・ご不満?」
奈津観「いえ、決して不満ということはないです!」
私だってイベントは嫌いじゃない。しかも、その主導権をこの手に握らせてもらえるのだ。遅刻したが為に。
遅れてみるものだ。
美凪「・・・では、1時間以内に。」
1時間以内。授業始まるな。ということは何、授業中、先生の話を聞かずにクジ作りに専念しても良いというお墨付きか、これは?!
美凪「ただし。授業さぼるのは認めません。」
・・・さいですか。つまり放課中に作れってことね。
そして1限の放課中、私は黙々とクジを作り続けた。別に黙っている必要はなかったが、話しかけてくる人間もいなかったから黙っていた。クジ作りながら一人でぶつぶつ言ってたらやばい。
そして。ふと思いついて、その中の一枚を取り出し、番号のかかれた脇に落書きをした。
"lovery soysauce."
習ったばかりの単語に、少しアレンジを加えた。意味はなかった。
席替えは帰り際に行われた。私の席は窓側前方3番目だった。
奈津観「すぐ後ろか・・・」
先ほどクジに落書きした位置。それが窓側前方2番目だった。こいつはツイている。何がツイているのかよくわからないけど。とりあえず、クジを引いたときの感想でも訊くか。当初の期待としては、クジを引いた直後に「なんじゃこりゃ!」と詰め寄ってくるのを思い描いていたんだけど。
前の席には、男の子が座った。男の子って、バカか奥手かどっちかだからな。するとこいつは奥手系か。奥手系、誰がいたっけ、森島か、沢柳か?
私は席を立ち、回り込んで顔を覗き込んでやった。澄んだ瞳。まず目に入ったのが、それだった。真っ黒なのに、その奥はどこまでも青い、そんな気がするような。その瞳が、私をじっととらえていた。私は彼と、どこかであったような気がした。
奈津観「いや、同級生なんだから会ってるのは当然じゃないか・・・」
それなのに、彼が誰なのか、思い出せなかった。考え込んだ。その間も、彼の瞳はじっと私をとらえ続けていた。彼の瞳の奥が青なら、私の顔の表面は赤。そんな状態になりそうだった。
そして私は思いだした。
奈津観「朝、すれ違ったよね・・・?」
そう、間違いない。こいつとは朝すれ違っている。こいつの所為で私は遅刻した わけではないけど。
だけど。こいつ、・・誰だっけ?もしかして謎の転校生?今日転校してきたばかりなのに、遠野先生はボケボケだから忘れちゃってたとか。
そんなわけないか。
改めて、彼の顔を真顔で見る。彼はさっきから視線をずらしていないから、真っ向から目が合う。見つめ合う二人。いやだな、照れるじゃない・・・・
あ。
思い出した。彼の名は、 カイユウ。昨日会ってるじゃない。でもって、昨日も忘れてたじゃない。なんでなんで?
海雄「どうして かな?」
そう言って、カイユウは笑った。初めて見る笑顔。否、初めてじゃないのかもしれない、きっとそうだ、私が忘れてしまっているだけで。私はそう思うことにした。なんとなく。
カイユウは不思議そうな顔をしている。それは、私が不思議な顔をしているからか、それとも私の顔つきが不思議だからか。
不思議な顔をしているからだと解釈した。顔つきが不思議だなんて、あまりにも失敬だ。自分で思ったことだけど。
じゃあ、おもしろい顔をすれば笑うかな?そう思っておもしろい顔をしようとして、やめた。恥ずかしくなるからというのもあったけど、もう一つ思い出したことがあったから。
奈津観「クジ。」
海雄「もう四時。」
カイユウは首を振りながら言った。そうか、もう四時か。
奈津観「じゃなくて。」
私は、目に付いた机の上の紙切れを手に取りながら言った。
奈津観「これ。」
海雄「これ・・・」
カイユウは、一瞬だけ?を浮かべた状態になり、
海雄「ああ。」
そして何かに納得した。
海雄「rじゃなくてl。」
奈津観「は?」
海雄「この落書きのことでしょ。」
カイユウの指さすもの、それは確かに私の書いた落書き。合ってる、それのことだ。
海雄「lovelyは。rじゃなくてl。」
そう言いながらカイユウは、わざわざ書き直して見せてくれた。私の書いた綴りが間違っているということを言いたかったらしい。内容に対しての突っ込みじゃないらしい。
海雄「?」
カイユウはまた、私のことをじっと見ている。私が同意しないから、それとも単に、私の顔が不思議 じゃなくて、不思議な顔をしているから?
奈津観「はっはっは、ご指摘どうも。」
私は笑ってその場をごまかすことにした。
奈津観「いや、お騒がせして悪かった。これからしばらくよろしく、どうせ一ヶ月くらいだろうけど。」
そう言いながら、すぐ後ろの自分の席に引き上げた。
「どこ行ってたの?」
後ろ、私の後ろの席から声がかかる。弓佳がすぐ後ろなんだっけ。
奈津観「いやあ。ちょっとそこまで。」
ほんとにすぐそこだった。1mも無い。弓佳も当然それを解って、少しからかっているんだろう。そう思っての返答だった。
弓佳「・・ふうん?」
しかし、弓佳の反応は少し釈然としないもののようだった。もしかして、私がカイユウと話していたのに気付いていなかったんだろうか。だったら、ちゃんと説明・・・する必要もないか。問いただされたら別だけど。
弓佳は何も問いたださなかった。
弓佳「一緒にかえろっか。」
奈津観「ん、そうだね。」
返事して私は振り返り、カイユウの方を見ようとした。特に意味はなく。
彼の姿は、もうそこにはなかった。
A.A.A.−FS.2終わり